第3楽章 雨音と雷鳴、再び
お前、部活の後どこに行ってんだ?」
突然、皇人に尋ねられた。
「・・・えー、それは・・・」
朝の教室に満ちる喧騒の片隅。窓際の席に座って、小雨を降らせる雨雲を眺めている小さな背中を見ながら答える。
「・・・秘密」
「ふーん?」
不気味な猫笑い(「猫のような笑み」の略。自作の造語。)を残して去っていく、親友の後ろ姿。・・・まったく、何を考えているのやら。
午後になり、勢いを増した雨が体育館の屋根を打つ。それがボールの弾む音と重なって、不思議なリズムを作りだす。重なる、部員たちの声。
「徹!パス!」
「おう!」
ボールを飛ばす。弾む。ネットをくぐって、落下。キャッチ。ドリブル。
雨音は強さを増していく。やがて、雷が鳴り出した。
「おーし、今日はもう解散だ!」
やったー、と叫ぶ部員の声。
―――いつかと同じ。あの日と同じ光景。あの日も雨が強くて、雷が鳴っていた。
頭の奥で、どくどくと脈打つような音がする。じわりと広がる、不吉な予感。
―――あの日、屋上で櫛ヶ谷を見た。叫ぶように歌う姿を見た。肩を震わせて、・・・あいつは、
泣いて、いた?
「徹!?着替えは!?」
「おい!どこ行くんだ!?」
走り出した俺の背中を部員の声が追いかけて来る。
走った。走った。廊下を馬鹿みたいに突っ走った。階段を駆け上がった。
体が熱くなって、口の中に鉄の味が広がった。足の筋肉が痛んで、力が抜けそうになった。嫌な感覚が喉を締め付けた。
遠い。体育館からでも近く感じたあの場所が、今はこんなにも遠い。
どうして走っているのか分からなかった。ただ、怖い。走らなければならない。あの場所に行かなければならない。訳の分からない恐ろしさが、俺を突き動かしている。
ようやく見えてきた屋上の扉を、体当たりするようにして開いた。雨音と雷鳴が絶え間なく響く屋上。ただ歌声だけが聴こえない。
彼女は、フェンスの向こう側に立っていた。ずぶぬれの体が、ゆらゆらと揺れて、揺れて。
俺がフェンスに手をかけた音で、櫛ヶ谷は僅かに顔を上げた。
「櫛ヶ谷っ・・・」
「っ、久我君・・・?」
どうして。どうして気が付かなかったんだろう。雨に濡れていても分かるのに。毎日見ていたのに。目元を赤く腫らして、小さく震えて、彼女が毎日、
―――泣いていたことに。
「動くなよ」
フェンスを必死によじ登って、その細い肩に手を伸ばした。
『ごめんね』
小さく動いた唇から吐き出された、声にならない一言。
彼女の体が前に大きく揺れた。
「っ!」
細い手首を掴む。俺の上半身が前のめりになって、腹にフェンスの縁がくいこんだ。濡れた不安定な足場。ギシギシと音を立てるフェンスに、2人分の体重がかかっている。
大丈夫だ。このまま引っ張り上げることができれば、
―――一瞬、何が起こったか分からなかった。
足が滑って、気が付けば空中に放り出されていた。
中に浮かんだような気がして、そして、
落下。
櫛ヶ谷の細い体を抱きしめた。
暴風が耳元をかすめた。
雨粒と、雷と共に、落ちる。
ああ、そうか。俺は死ぬのか。
人間ってこんなことで死ぬのか。
まだまだやりたいこと、たくさんあったのにな。
でも櫛ヶ谷としゃべれたし。めっちゃ殺伐とした会話だったけど。会話とも言えないような代物だったけど。
ほんと俺、呆気ないな。
遅くても2週間!とか言っておきながら、一ヶ月くらい更新できませんでした。本当にすみません。修学旅行やらテストやら不調やらでずるずる延びてしまって、反省しています。
次回は、今月中に更新できるようにしたいと思います。不甲斐ないですが、生温かい目で見守ってやってください。
ちなみに、次回が最終話になる予定です。思ったよりも長くなりましたが、楽しんでいただけると嬉しいです。コメント頂けるとさらに嬉しいです。だらしない!と喝を入れてやってください。
今後ともよろしくお願いします。