しょうろう橋
浴衣なんて着るんじゃなかった。
めったにしない着付けで時間は食うし、補正のために腰に巻いたタオルのせいで息苦しいし、全然涼しくない。おまけに慣れない下駄のおかげで家を出て五分もしないうちに鼻緒ずれ。
携帯を開けば待ち合わせの時間までほとんど間がない。肝心の花火大会にはまだ余裕があるけれど、なるべくいい場所を探そうと思ったら早く行かなくちゃ。
気は進まないけど背に腹は代えられない。一瞬ためらってから裸足になる。地面の温もりの不快感よりも下駄から解放されたことにほっとした。下駄を手に提げて足早に道路を進む。夕方ということもあって裸足でも人目をそんなに気にしなくていいし、道路が歩行者天国だから車に注意することもないし楽でいい。
ちょっと遅れるかなぁ。
心配になってきたから一応伝えておこうとメール画面を開く。短く本文を打ちこんで送信ボタンを押した途端にぐい、と腕を引かれた。
「あんた、なんでこんなところにいるんだい?」
女の人の声だった。
携帯画面を見ていたために暗さに慣れない目でそちらを見ると、人影があった。女性だと思う。白っぽい着物を着ていて、それだけがぼんやりと浮かんでいるように見えた。
「なんでって……花火を見に行くんですけど」
いきなりなんなんだろう、この人。目の前の女性はあたしの腕を掴んだまま困惑したように、
「そういう意味じゃなくて、今日は通っちゃいけない道だのになんでこっちにきたんだい」
言われる意味が分からなくて言葉が出てこないあたしを見かねてか、彼女は周りを気にするように声を落した。
たもと近くまで来たところで彼女はやっとあたしの腕を解放してくれた。
何となく来た道を振り返ってみる。別に取り立てて変わったところのないように見えるその先が彼岸とつながっているなんて嘘みたいだ。
「次からは気をつけるんだよ。花火、楽しんでおいで」
ありがとうとあたしがいうより先にそう言って、あたしの背を突き飛ばす。たたらを踏んで振り返った瞬間、ドンと身体に響く音。夜空に咲いた金色の花に一時視線を奪われる。すぐに橋に視線を戻すけれど、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
たもと近くまで来たところで彼女はやっとあたしの腕を解放してくれた。
何となく来た道を振り返ってみる。別に取り立てて変わったところのないように見えるその先が彼岸とつながっているなんて嘘みたいだ。
「次からは気をつけるんだよ。花火、楽しんでおいで」
ありがとうとあたしがいうより先にそう言って、あたしの背を突き飛ばす。たたらを踏んで振り返った瞬間、ドンと身体に響く音。夜空に咲いた金色の花に一時視線を奪われる。すぐに橋に視線を戻すけれど、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。