第五十話 古社と館、二つの顔を持つ土地
北の浜手の土地へ足を踏み入れた時、卜伝はまず、風の通り方が違うと思った。
前の小城下にも海風はあった。だがあちらの風は、町を抜けるあいだに人の匂いを拾っていた。塩、魚、酒、炭、灯、汗。商いと見栄と沈黙の混じった風だった。
ここは違う。
風は、まだ海のままだった。
浜を叩き、岩へ砕け、痩せた松の枝を鳴らし、そのまま館の塀と古社の屋根を一緒に撫でていく。人の都合より土地の骨のほうが前へ出ている。そういう風だ。
街道から少し下れば、浜がある。浜といっても広く白い砂が続くような場所ではない。岩が多く、砂はところどころにしか溜まらず、波は絶えず白く砕けている。舟を出せぬことはないが、穏やかな湊ではない。海と折り合いをつけるために、人が毎日少しずつ頭を下げているような浜だった。
その浜を少し見下ろす高みに、波多野家の館がある。
大きくはない。城と呼ぶには足りぬ。だがただの屋敷では終わらぬだけの骨はある。板塀は新しく、見張り台めいた角の張り出しもある。門も、最近整え直したのだろう。木の色がまだ若い。力を持ち始めた家が、急いで“それらしい形”を整えた感じがあった。
だが、そのすぐ横にある古社が、館の新しさをかえって目立たせていた。
社は古い。
社殿そのものは大きくない。屋根も低く、飾りも少ない。だが、木の色が違う。塩と風に長く打たれ、それでも立ち続けてきた木の色だ。石段も、何百人もの足に磨かれたのではなく、長い年月にゆっくり削られた感じがある。館が“最近ここへ力を置いた”顔だとすれば、社は“もともとここにあった”顔をしていた。
近い。
館と社は、あまりに近かった。
卜伝はその並びを見て、第四章の終わりに小夜が言った言葉を思い出していた。
土地に根づいた名を欲しがる者がいる。
もし、それが本当なら、この配置はあまりにも都合がよすぎる。新しい館と、古い社。その二つを並べて見せれば、それだけで“この家は昔からこの土地と深い縁を持っている”ような顔を作りやすい。
「嫌な形ね」
小夜が言った。
卜伝も頷く。
「ええ」
「前の小城下は、“由緒ある品を見せたがる家”だった」
小夜は続ける。
「でもここは違う。“この土地そのものと結びついている家”に見せたがってる」
「館と社が近いからか」
新九郎が問う。
「それだけじゃないわ。でも、この見え方は大きい」
「どう大きい」
「人は、並んでいるものを勝手にひとつの話だと思うの」
小夜が言う。
「古い社の横に館があれば、“この家はこの社と縁が深いんだろう”って、まず思う」
「実際には違ってもか」
「違ってもよ。見え方が先に立つから」
「胸糞悪い話だな」
新九郎が言う。
「ええ」
小夜はあっさり頷いた。
「でも、だからこそ気をつけて見ないといけないの」
道賢はそのあいだ、何も言わずに館と社のあいだの道を見ていた。やがて、ぼそりと言う。
「ねじれておるな」
「何が」
卜伝が問う。
「この土地の顔だ」
道賢は答えた。
「館は新しい。社は古い。力は館に集まり、心はまだ社のほうへ寄っておる」
「……」
「一つになりきっておらぬ」
「だから継ぎ目がある」
卜伝が言うと、
「そうだ」
道賢は頷いた。
四人はまず、浜沿いの小さな集落へ入った。
館の門前へいきなり出るのは下策だ。前の章までで、それはもう学んでいる。まずは土地の者がどんな顔で館を見ているのか、社をどう扱っているのか、その空気から入るのがよい。
集落は、小さいが思ったよりも密だった。
浜へ降りる小道の脇に、網を干す竿が並び、舟を引き上げるための丸太が置かれている。だがその奥には小さな畑もある。大根や菜が風に揺れ、塩に焼けた土を必死に耕しているのが分かる。浜の男たちは日に焼け、女たちは皆、風に慣れた顔をしていた。貧しいというより、ぎりぎりで土地に食いついている顔だ。
館の者が通れば、皆一応は頭を下げる。
だがその下げ方が、どこか浅い。
怖れているのではなく、従っているのでもなく、ただ“そうしておいたほうが面倒がない”からしている頭の下げ方だった。
「見えてるわね」
小夜が言った。
「何が」
新九郎が問う。
「心がまだ館に移ってない」
「……」
「従ってはいる。でも、寄ってはいない」
「社のほうへか」
卜伝が問うと、
「たぶん」
小夜は答えた。
卜伝もそう思った。
村や町というものは、誰の顔色を見て生きているかで空気が変わる。ここではたしかに館が力を持っている。だが“この土地の顔は館だ”と皆が腹の底で思っているわけではない。むしろ、古社のほうに、もっと古い“本来の顔”が残っているように見える。
だから波多野家は、それを欲しがるのかもしれぬ。
力は得た。
館も整えた。
だが、土地の心はまだ古社と旧家のほうを向いている。
ならばその“古さ”ごと、自分のもののように結びつけたくなる。
「おい」
新九郎が小さく言った。
視線の先を見ると、館の使いらしい男が、社へ向かう坂道を上っていた。着物は地味だが、履き物と歩き方が町人ではない。館に仕える下の者だろう。その男は社の前で立ち止まり、誰かを待つように辺りを見回した。
少しして、古社の裏手から、痩せた年寄りが出てきた。
神職らしいが、装いは質素で、袖口も少しくたびれている。宮司家か、その近しい者か。二人は短く何かを話し、使いの男が小さな包みを渡した。年寄りはそれを受け取り、すぐ袖へ入れる。賄賂というほど露骨ではない。だが“ただの礼”にしては受け取る手が早すぎた。
「やっぱり、出入りしてる」
小夜が言う。
「館の使いが、社へ」
「ええ」
卜伝が答える。
「自然な参詣には見えません」
「だろうな」
新九郎が鼻を鳴らす。
「神頼みって顔じゃねえ」
道賢はその様子を見ながら、静かに言った。
「古いものへ、新しい力が手を伸ばしておる」
「……」
「露骨には取れぬ。だから、まずは出入りから始める」
「金か、礼か、顔つなぎか」
小夜が言う。
「どれもでしょうね」
「うむ」
道賢が頷く。
卜伝は、その短いやり取りに、この土地のねじれがよく出ていると思った。
波多野家は、力のある側だ。館を持ち、使いを出し、土地の者を従わせている。
だが古社へは、まだ正面から取りにいけない。
だから出入りする。
礼を持たせる。
縁がある顔を作ろうとする。
それはつまり、まだ“自分のものにはなっていない”ということだ。
そこに継ぎ目がある。
「まずは宿か」
新九郎が言った。
「ええ」
小夜が答える。
「浜の宿でいい。館の近くは目が多い」
「私もそう思います」
卜伝が言う。
宿は浜の小道を少し入ったところにあった。大きくはないが、旅人も漁の手伝いも泊める顔をした宿だ。館の正面ではなく、浜と畑の中ほどにある。こういう場所の宿は、どこへ寄ってどこを避けるかを見るにはちょうどよい。
荷を置いてから、四人はいつものように自然に役を分けた。
小夜は、社と宮司家の筋を探る。
新九郎は浜の男たちから、波多野家の評判を拾う。
道賢は館と社、そのあいだの道を見て回る。
卜伝は、表の人の流れと、館の使いの出入りを目で追う。
夕方近く、再び落ち合った時、最初に口を開いたのは小夜だった。
「やっぱり、この土地では“古さ”が重い」
「どういうことだ」
新九郎が問う。
「館のほうは新しい力」
小夜は言う。
「でも浜の人も畑の人も、口にする時は“お社さま”のほうを先に言う」
「……」
「館を恐れてはいる。でも、土地の顔はまだ社なの」
「だから波多野家は」
卜伝が低く言う。
「その社と結びつきたい」
「ええ」
小夜は頷いた。
「一つになるには、まだ足りてない」
「面倒だな」
新九郎が言う。
「力があるならそのまま押し切ればいいじゃねえか」
「押し切れないから欲しがるのよ」
小夜が言った。
「古さを」
「……」
その言葉は、この土地の空気をそのまま言い表しているように思えた。
館は新しい。
社は古い。
そしてその二つは、まだ一つの顔になりきっていない。
だからこそ、真壁の流れのようなものが入り込む隙があるのだろう。
日が傾き、古社の屋根が赤く染まり始めた。
館の新しい板塀も同じように赤くなる。
だが、同じ色に染まっても、その下にある時間の厚みはまるで違う。
卜伝は、その違いを黙って見ていた。
この章で追うべきものは、もうはっきりしている。
物そのものではなく、土地に根づいた名と、新しい力との継ぎ目。
そこへ真壁の流れがどう入り込んでいるのか。
その答えはまだ見えていない。
だが、館の使いが古社へ出入りしているだけで、十分に嫌な匂いがした。




