第七話 ゲーム
彗と蒼生は、お互い一言も発することなく、彗の家のリビングで、肩を並べてゲームをしていた。
二人の気まずい沈黙をよそに、画面の中では、荘厳な音楽の流れる中、キャラクターたちが声を上げて激戦を繰り広げている。
その様子を、彗の母ははらはらと台所から眺めていた。
そのまま20戦ほど経て、戦績が彗の12勝8敗となった頃、ついに母は痺れを切らした。
「……二人とも、目も疲れただろうし、彗の部屋で少しゆっくりしたら? これお菓子、持って上がってね」
お菓子の乗ったお盆を彗に手渡しながら、母は彼の背中をぐいぐいと押した。
二人は部屋に戻っても、無言のままだった。
荘厳なBGMもキャラクターたちの声もない今、その静寂は余計に浮き彫りになっていた。
先に口を開いたのは、蒼生だった。
「彗。…………これ」
そう一言呟いて、彼は俯きながら彗に何かを手渡す。
綺麗な包装紙に包まれていたそれは、彗が中学の時に好きだったメジャーリーガーの背番号が入ったリストバンドだった。
彗は顔を上げたが、蒼生は下を見たままだ。
「誕生日プレゼント。もっと他の物の方がよかったかもしれないけど。……僕、最近の彗が好きなもの、分からないし」
蒼生は珍しく歯切れが悪かった。
彗はおもむろに袋を開き、その中身を取り出して、左手首にリストバンドをつけた。
「…………どうだ?」
「うん、いいんじゃない」
ちらっと手首に目をやり、蒼生は初めて少しだけ笑ったが、またすぐ視線を落としてしまう。
「……ありがとう、蒼生。お前から誕プレもらえるなんて、思ってなかった」
なかなか合わない視線が苦しくて、その声は掠れていた。
その言葉を受けて、蒼生がようやく顔を上げた。
「………………嘘つき」
「……え……???」
「僕にあんなこと言っておいて、自分の誕生日になったら声かけてくるなんて。ほんとは、期待してたんでしょ」
ようやく蒼生と目が合ったが、彼の感情を読み取ることはできなかった。
怒りとも揶揄いともとれるその言葉に、彗は冷や汗が止まらなかった。
「違っ……!!! そんなつもりじゃなくて……!! 俺は、ただ……俺は……」
「ぷっ…………あはははは!!!」
あたふたと言葉を失う彗を見て、蒼生は声を上げて笑った。
爆笑する蒼生を見ていると、彗も無性におかしくなってきて、込み上げる笑いを抑えきれずに、二人で声を上げて笑った。
「……はあ。…………俺、バカだなあ」
彗はひとしきり笑った後、ベッドに仰向けに倒れ込みながら、顔の上に掲げた手首のリストバンドを見つめて呟く。
本当に言いたいことは他にもあった。
しかし、ようやく取り戻しつつあるこの穏やかな時間を止めたくなくて、言えなかった。
「ほんとだよ。……でも、誕生日、おめでとう」
蒼生は、彗の胸中を知ってか知らずか、そんな彼を見て優しく微笑んだ。
しばらくして、彗が不意に起き上がった。
「蒼生。お前まだ、学校行ってるよな?」
「うん、一応ね」
「……一つだけ、頼まれてくれるか」
彗の口角は、また少し上がっていた。
その日の夜空には、天の川が綺麗に見えた。
◇
2052年7月8日。
「吉田さん、ちょっといいかな?」
「か、神崎くん!? もちろんだよ! どうしたの?」
憧れの蒼生に唐突に声をかけられた吉田さん、もとい吉田結衣は、ささっと前髪を手で直しながら、頬を染めて立ち上がる。
二人は世間話をするでもなく、そのまま無言で人気のない空き教室に移動した。
放課後。ずっと好きだった人からの呼び出し。誰もいない空き教室。……世界の終わり。
結衣は、期待せずにはいられなかった。
しかし、蒼生の口から出てきたのは、予想外の言葉だった。
「実は、伝言を預かってるんだ。……桐谷彗から」
その名前に、結衣は心臓がひやりとするのを感じた。そんな結衣をお構いなしに、蒼生は続ける。
「……『告白の返事はNOだ』。伝言はそれだけだよ」
急激に冷えていく体をよそに、彼女の口はぺらぺらとよく回った。
「こ、告白? 何のことか分からないよ……。桐谷君って、申し訳ないけど……ほら、虚言癖があるじゃない?」
蒼生は黙っている。
「神崎君、気付いてるんでしょ? ……私が好きなのは、神崎君だって」
焦りからか、するつもりのなかった告白までしてしまった。
が、これはむしろチャンスかもしれないと、気を取り直してここぞとばかりに上目遣いで蒼生を見つめる。
蒼生は形式的にはその視線と目を合わせていたが、その瞳に彼女の姿は映っていないように見えた。
考える素振りすら見せないまま、すぐに口を開く。
「ごめんね、僕は好きな人がいるから」
「……そっか。ねえ、それって……」
「それに、ね?」
何かを言いかけた結衣を遮り、蒼生は続ける。
「……”有名人”と付き合いたいだけの、軽薄な女の子は、僕の好みじゃない」
いつもと変わらない優しい口調とは裏腹に、彼の目は恐ろしいほどに冷たかった。
「……今言ったこと、彗に直接言うようなことがあったら、僕は君を許さないから」
涙目になったその女を冷たく見下ろしながらぴしゃりとそう投げかけ、蒼生を彼女に背を向けた。
◇
「彗、伝えておいたよ」
帰宅した蒼生は、窓越しに彗にそう声をかけた。
「おー、ありがとう。……吉田さん、なんか言ってたか?」
「いや、特に何も」
蒼生はそう言うが、そんなわけがないのはよく分かっていた。
「…………そっか。さてと!」
それでも、それ以上は何も聞かなかった。
彗は思い出したかのようにノートを取り出して、”やりたいことリスト”の【吉田さんの告白を断る】の欄に、勢いよく横線を引いて削除した。
「彗、何してるの?」
「これか? ”やりたいことリスト”だよ。やり終わったから、消してんだ」
「……彗も、作ってたんだ」
蒼生は、彗には届かない程度の小さい声でそう呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「……いや、なんでもないよ。じゃあ、僕、そろそろ夜ご飯だから、またね」
そう言って窓を閉めて、蒼生はスマホを手に取る。
少しだけ微笑んで、メモ帳アプリの一文を、一文字ずつ消した。
【彗とゲームする】。
同じく窓を閉めた彗も、ノートの下の方の行に目を止め、今度はゆっくりと線を引く。
【蒼生とゲームをする】。
その下にある涙で滲んだ項目は、まだ残されたままだった。
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