第一話 星の予言
「2053年10月15日、軌道を外れた彗星が衝突し、地球は滅亡する」
古くはノストラダムスの大予言、比較的近時のもので言えば、「私が見た未来」の予言あたりだろうか。
厄災の予言とは、不定期に取り沙汰され、人々の歓心を徒に掻き立ては、何事もなかったかのように時代の波に埋もれていくものだ。
では、世に”星の予言”と言われる、この予言はどうだろうか。
2052年、グリニッジ天文台の改修保全工事に際し、偶然発見された古ぼけた文書に記載されたその新たな予言は、瞬く間に世界中を騒然とさせた。
日本の男子高校生も、その例外ではなかった。
2052年10月23日。
「おい神崎、知ってるか? ”星の予言”!」
「あぁ……噂で聞いたような気もするけど、あまり覚えてないよ」
神崎と呼ばれた端正な顔立ちの少年は、軽く微笑みながらも、いかにも興味なさげな返事をした。
日本人にしては大層珍しく、その瞳は蒼く澄んでいる。
「あと一年で地球滅亡だって、やべえよな! 何する? 俺、滅亡する前に吉田さんに告っとこうかな」
友人の男は、彼の反応をよそに、冗談半分にそう言いながら一人で盛り上がっている。
神崎は相変わらず薄く微笑むだけだ。
桐谷 彗は、神崎とその友人のやり取りを、後ろの席からぼんやりと眺めていた。
彼の方は、取り立てて特徴のない少年だ。強いて言うなら、生まれつき首筋にある星型に見える痣が、唯一の特徴らしい特徴と言えるだろうか。
「彗……? どうしたの?」
神崎 蒼生は、その視線に気づき、後ろの席の彗に微笑みかける。
その微笑みは、先ほどまでの貼り付けられた笑いとは、全く異なるそれだった。
彗はそれを避けるように、蒼生と目が合うや即座にその視線を逸らす。
「いや、別に」
外した視線はそのままに、彗はぶっきらぼうにそう答えて、乱暴に鞄を掴んで教室を後にする。
蒼生は、少しだけ眉尻を下げて、その後ろ姿を黙って見送っていた。
――地球の滅亡? ……一年後と言わず明日にでもしてくれていい。彗星だか何だか知らないが、さっさと降ってきてくれ。
彗は心の中でそんな悪態を吐きながら、足早に帰宅した。
その足で二階の自分の部屋に戻ると、鞄を部屋の隅にどさっと置き、窓を閉めようと窓際に歩み寄る。
隣家の二階の部屋は、不用心にもカーテンも閉められておらず、彗の部屋の窓から、その中の様子が丸見えだった。
幼い頃から何度も通った、蒼生の部屋だ。
◇
彗と蒼生は、隣同士の家に住む、幼馴染だった。
何をするにも一緒だった二人は、ほぼ毎日、どちらかの家でゲームをするか、公園で遊ぶか、とにかく大半は同じ時を過ごしていた。
小学校に入り、野球を始めた彗が蒼生を誘うと、蒼生はすぐについてきた。
それからは専ら、遊びといえばキャッチボールをすることが多かったように思う。
当然のように入った同じ野球クラブでは、蒼生がピッチャー、彗がキャッチャーで、近所ではちょっとした評判のバッテリーだった。
幼馴染で、親友で、バッテリー。
そんな関係が崩れる日が来るなんて、二人とも、夢にも思っていなかった。
その兆しが現れたのは、中学二年生のときだった。
「桐谷君、……これ、神崎君に渡してくれないかな?」
ピンク色の封筒。分かりやすいラブレターだった。
クラスで一番可愛いと話題の女子から呼び出され、高鳴る胸を抑えて向かってみれば、これだ。
先月も、別の女子から、蒼生の連絡先を教えてほしいと言われた。
元々、女の子と見紛うほどの可愛らしい顔立ちをしていた蒼生は、中学に入ってからというもの、どんどん身長が伸びて男性らしさが加わり、親友の贔屓目なしでも”イケメン”に育っていた。
彗自身も、その綺麗な顔に思わず見入ってしまう時があるほどだ。
だから、彼が女子にモテることには、何の不思議もなかったし、そこに妬み嫉みの感情もないつもりだった。
「神崎君、頑張って~~~!!!」
中学でも、当然同じ野球部に入ったが、彗はその黄色い声援を、今やベンチから聞いていた。
身長が伸び悩み、他の部員に体格で劣り始めた彗は、いよいよキャッチャーを降ろされた。
評判のバッテリーも、ついに解散となったわけだ。
一方の蒼生は、エースピッチャーで、四番打者。
自分ではないキャッチャーを相手に、キレのよいストレートを投げ込む蒼生をベンチから眺めたその日、彗は初めて、蒼生を置いて走って帰った。
「彗、昨日はどうしたの? 帰ろうと思ったらいなかったから、心配した」
「……ああ、母さんに早く帰ってこいって言われてさ。ごめん」
そして、初めて、嘘を吐いた。
二人の歯車が、鈍い音を立てて、ずれはじめた感覚があった。
◇
あの頃と変わらない蒼生の部屋を視界から遮るかのごとく、彗はばたんと窓を閉めた。
頭の中のノイズを掻き消す音が欲しくて、今度はテレビのリモコンを押す。
<さあ、本日は生放送でお送りしております! ”星の予言”は本当なのか? 本日ついに明らかに!!!>
どうやら、高名な天文学者を集めて、その真偽を検証する番組らしい。
猫も杓子も、”星の予言”。彗はうんざりしていたが、他に適当なものもなく、BGMとしてその音を流し続けていた。
興味も湧かないその音は、いつの間にか子守歌となり、彗を微睡みに誘っていた。
彼の眠気を吹き飛ばしたのは、その番組から聞こえた、女性司会者の悲鳴にも似た叫び声だった。
<嘘でしょ!? じゃあ、…………本当だって言うの!?!?>
彗は目を擦って上体を少し持ち上げ、テレビ画面に目をやる。
<ほ、本日の観測結果で、確定しました。研究チームの結論は……”YES”です。観測史上最大級の彗星・ポローニャ彗星が、本来の軌道を外れ、地球の方向に接近しています>
顔面蒼白となった天文学者は、震える声で続ける。
<そして、その速度から計算される衝突時期は……一年後、2053年10月15日……>
番組のスタジオのひりつく沈黙が、画面越しにも突き刺さってくる。
彗は気づけば完全に体を起こし、その画面を見つめていた。
一時停止を押したかのように静止しているその画面は、数秒後に【しばらくお待ちください】という文字に切り替わり、そのまま放送が終わった。
――なんだ? 放送事故か??
彗はすっかり当惑していた。SNSを見ると、世間の人々も同じ様子だった。
何が何だか分からないまま、胸が少しだけざわつくのを感じたが、再び襲い来る眠気には抗えず、仕方なくそのまま眠りについた。
◇
2052年10月24日。
答え合わせは、翌朝、思いの外すぐにできてしまった。
彗が起床し、のんびりとリビングでお茶を飲もうとしていると、両親が青い顔をしながら何かを手渡してくる。
受け取ったその朝刊の見出しが、昨日の彗の疑問に答えを与えてくれた。
【”星の予言”実現か 来年彗星衝突、地球滅亡の危機】
彗の手から、マグカップが滑り落ち、派手な音を立てて飛び散った。
――”星の予言”は、本物だった。
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