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エバンズの庭に現れた

【1日1話更新 全5話】

エバンズ伯爵家の若当主ライナーは、少々気まずい関係にあるオランジエ伯爵家の娘であり、かつてじゃじゃ馬と噂された女性ヘレネとの結婚が決まる。しかし、現れた彼女はおとなしく従順で、何かがおかしかった。


ライナー・エバンズ/代々魔力量が少ないのほほんとした一族の一人息子。

ヘレネ・オランジエ(ヘレネ・エバンズ)/土の魔力を持つ一族の末娘。魔力量がかなり多い。以前は気位が高かったが、見る影もない。

のどかで、時折やわらかい風が吹く庭のガゼボ。緑豊かな領地の中にある、エバンズ伯爵邸の隅。

そこには美しい娘が座っていた。

「本当に一点を見つめて黙っている……」

「やっぱり……微動だにしなくて怖いですよ……」

そして、それを二人の男が陰から見ていた。



しらせが届いたのは、男が当主となって半年もたたないうちだった。

両親は一人息子が成人して数年の間に仕事のほぼすべてを叩き込み、じゃあ漫遊でもするからと爵位を渡して笑顔で仲良く出ていった。夫婦仲がいいのは子どもにとっては喜ばしく、あらまほしき姿である。残された自分と小さな領地の今後を除けば。

「セオドア、これまさか……」

ここ数年では見覚えのない封蝋のそれを開こうと手に取ればふわりとルティシィの花の香りがして、彼は嫌な予感がした。

「オランジエの印章でございますね」

問いかけに苦い顔をして頷く。セオドアと呼ばれたのはこの家の執事である。

「読みたくないなー……喧嘩かなぁ」

「かなり嫌ですね」

口をはさんだ男はジャルダンという。エバンズ伯爵家の私兵を束ねる団長であり、現当主ライナーの幼馴染である。

「冗談だよ」

名目上エバンズの兵とはいうものの長らく業務の殆どが領内の治安維持や魔物・災害対応である。領地戦などしたいわけもない。


というのも、場所も近くなければ歴史の上での関わりも深くないはずが、両家は仲がよろしくなかった。ライナーの祖父に当たる当時の伯爵が領内の特産品であったルティシィの実を王都で広めに広めた末に、気候と地質が似ていて同品種を一部でこつこつ生産していたオランジエ伯爵領からの出荷量を追い落としてしまったのだ。以来、気まずい関係が続いていた。

「うーん……よし、読もうか」

「魔法とか、かかってませんよね」

「触った感じ無いかな。それに領地戦だって今更だよ」

腹を決めて手に取る。なぜか温度を覚える便箋の上の、なめらかな筆記体を追う。

ややあってライナーが「あのさ、ジャル」と口を開いた。

「お前は喧嘩とこれ、どっちが困るだろうね」

ちょいちょいと手招きをし、むず、と眉をひそめて口元をゆがめる微妙な顔をして開いたままの紙を手渡す。

「えーと……両家の親交を回復……おお。……つきましては、当家の末娘ヘレネを、はなよ、め……花嫁!?」



迎えた輿入れの日。若当主は肩を落としていた。

「仕方ないよ、後回しにしてたのは私だから……」

珍しく恋愛結婚だった両親の意向もあり、ライナーには配偶者はおろか婚約者すらいなかった。大きい領地でもないしまだ若いのだしそのうち、と油断していたのである。彼の身ではオランジエ伯爵の提案を断ることは難しかった。ジャルダンのあとにセオドアも便りを確認しており、それから伯爵邸では執事の苦悶の声が三日三晩続いた。

「急だから式は省略でも保留でも構わないって言ってくれたのが、温情なんですかね……」

礼装を身にまとったジャルダンも肩を落としている。

「オランジエ卿の意向はね。本人の言葉は聞けてない」

「ヘレネ嬢ですか」

手紙で日取りや結納金の打ち合わせをしてきたが、それはエバンズ伯爵とオランジエ伯爵のやり取りであって嫁入りが決まっているヘレネの意思については一切の記載がなかった。政略結婚が通例だとわかってはいたが、まさかここまで一切花嫁の気配を感じずにこの日を迎えようとは。

「魔力量にモノ言わせるじゃじゃ馬って話ですけど、かなり前の噂じゃあ。あの家ってことは土の魔法……」

「なぜこんな田舎貴族に!って暴れるかも。庭は大丈夫かな」

「貴婦人に手出して止められませんよぉ」

ひそひそと話す二人のもとへ、豪奢な馬車が向かっていた。



──”彼女”は質の高さを漂わせつつも非常にシンプルな印象の装いで現れた。使用人の手を借りて馬車を降り、しずしずと進み出ると腰を落として貴族の礼をとり口を開いた。

「ごきげんよう。ヘレネと申します。本日よりお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」

それだけ。いやに簡素だった。夫人になるのだからおかしなことではないのだが、家名を言わないのが不思議にうつった。

覚悟していた反発はなく、嫌悪も見て取れない。悪意も敵意も感じない。ただそれだけではなく、彼女には喜びも期待も何もないように、ライナーには見えた。

「顔を上げてください」

ヘレネはライナーが声をかけてようやく姿勢を戻す。視線が合った──ようで、合わなかった。瞳にはつやがあったが、酒瓶の表面がただ光を反射するのと似ていた。

「私がライナー・エバンズです。よろしく」

たじろいだのを隠し、そう返すのがやっとだった。


一通り屋敷を案内する間、ヘレネは黙っているか頷くかでろくな反応がない。オランジエの血筋なら土の近くがいいかと、庭に近い部屋を提案した時も眉一つ動かさずに受け入れた。

「私の居室からは離れてしまいますが」と付け足しても「はい」と返すだけ。ついてきていた使用人たちもやけに少ない荷物をその部屋に運び、来た馬車でそそくさと帰ってしまった。誰もが噂は事実無根で、実はおとなしく物静かな女性だったのだろうと自らを納得させていたし、そうするしかなかった。ライナーも同様に。

「失礼いたします。旦那様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

恐縮したメイド長が三日後の午後、当主の執務室を訪ねるまでは。

「奥様が……」

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