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第4話 邂逅

 一瞬モンスターかと思い、そんな訳がないと笑う。

「誰か、いるの?」

──へんじはない。ただの しかばねの ようだ。

 いや、人のようだった。天窓から差し込んだ光が一瞬だけ廊下を照らす。壁にもたれて座り、立てた膝の間に頭を埋めている。具合が悪いのかもしれない。桐子は急いでしかばね……いや、人影に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 男子学生のようだった。白い開襟シャツに細身のジーンズ。癖のない髪の間から見えた横顔の美しさに、桐子は息を呑んだ。

「……助けて」

 そう聞こえた気がして、桐子はひざを付き、彼の肩に手を置いた。

「しっかりして」

 肩を揺すると、彼は顔を上げた。額を覆っていた髪が外れ、きらきらと輝きを放つ黒い瞳が桐子の視線を捕えた。

──うわっ! 超イケメン。

 そんな場合ではないのに、桐子は一瞬見惚(みと)れてしまった。横顔だけではなく正面から見てもパーフェクトな。こら、何を考えてるんだ私。病人かもしれないのに。

「大丈夫ですか?」

 言った途端、腕にすがりつかれ、桐子は尻餅をついた。

「……助かった」

 くぐもった声がする。微かにすすり泣きが聞こえたような気もした。

「あの、具合……」

「もう一生、ここから出られないかと思った」

「……え?」

 桐子は再び正面から彼の顔を見詰めた。

「もしかして……迷っちゃったんですか?」

「うん。助けてくれて、ありがとう」

 鼻をすすりながら、彼は言った。(涙で)キラキラした眼が笑みの形をつくっていた。


「何時からここにいたの?」

 出口……というか入口に向かって歩きながら、桐子は尋ねた。図書館で迷う人は何人も見たけれど、ここまで大げさな反応を示す人も珍しい。本当にダンジョンで迷った人のようだった。

「八時半ぐらいかなあ。講義受ける前に調べ物をしてたんだけど、途中でトイレに行って、そのまま帰れなくなったんだ。鞄もスマホもロッカーに入れたままだったから」

「ふうん」

 かれこれ五時間も迷っていた訳か。ロロノア・ゾロなみの方向音痴だなと思いながら歩いているうちに、入り口付近に到着した。

「鞄取りに行かなきゃ。今何時だろう? 二限目に間に合うかな?」

 彼は何気なくという風に呟いた。何を言っているのだろう。時刻は既に二時に近付いているのに。

「じゃあ、私はもう行きますね」

 少々名残惜しいような気もしたけれど、桐子はそう言った。

「うん。ありがとう」

 歩き出そうとした時、「待って」という声が追ってきた。

「名前、聞いてもいいかな? それと、お礼したいから連絡先教えて」

 ドキリと心臓が跳ねたけれど、桐子は平静をよそおって澄ました顔で答えた。

「秋山桐子。理学部の一回生。お礼は気にしなくて結構です」

「へえ……」

 リケジョなんだ。と言いながら、彼は微笑んだ。改めて見ると、本当に綺麗な顔立ちをしている。きめ細かな白い肌。タレントというより、少女漫画に出てきそうだ。あの繊細な線画のようなイメージ。

 スマホは鞄の中だから電話番号をメモして欲しいと言われて、渡すことにした。少々緊張しているせいか、自分の番号が出てこない、桐子はスマホに表示させたものを紙に書き写した。そして電話の画面を閉じた時。

「げっ!」

 蛙がつぶれたような声がした。いや、実際に聞いたことはないのだが。

「二限目……、とっくに終わってる」

 画面に大きく表示された今の時刻は、午後一時五十分。

「もう駄目だ。……単位落とした」

 頭を抱えてしゃがみ込む様子を見ていると、さっきイケメンだと思ったのは見間違いではないかという気がしてくる。図書館に入ろうとする人たちが、不思議そうにその姿を見ていた。

 彼は悄然しょうぜんとした様子で、かろうじて自分の名前を告げると、もう一度「ありがとう」と頭を下げてトボトボと奥へ入って行った。驚きに声も出せずに立ち竦んでいる桐子を残して。

──嘘でしょ?

 彼は言ったのだ。『僕は一ノ瀬貢。法学部の一回生』と。

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