第39話 終焉
「ねえ」
「……何?」
「いつから、そんな風に思ってくれてたの?」
「いつからって……」
桐子の問いに、少々ぶっきらぼうな答えが返る。照れているのだろうか。
「初めて会った時からに決まってるだろ」
それを聞いて、ふと尋ねてみたくなった。貢は憶えているのだろうか。
「ねえ、小学校六年生の夏、サマースクール説明会の帰りに声を掛けた女の子のことを憶えてる?」
貢は暫く黙っていた。
懐中電灯が壁を照らす。行き止まりのようだ。
「憶えてない」
貢は、堂々とそう答えた。
「痛って! 何で抓るんだよ」
こいつは……。
「DVだDV」
桐子は返事をせず、自分の顔を下から照らした。
「やめてくれよ、怖い」
とうとう吹き出してしまった。洞窟に笑い声が響く。
もういいや、昔のことは。いつか笑い話にできるなら、それでいい。
その時突然、地面が揺れた。足を縺れさせて転んだ途端、辺りが闇に沈む。暗闇の中、取り落とした懐中電灯が転がる音が聞こえた。
「大丈夫?」
貢に助け起こされ、立ち上がる。懐中電灯の光は衝撃で消えてしまったようで、何処に行ったのか探しようもなかった。
「ごめん」
ふいに訪れた暗闇は不安を煽った。もう崩落が始まったのだろうか。知らないうちに時間が過ぎてしまったのか。
「急ごう」
暗闇の中、二人は足を速めた。
走っても走っても、出口は見えてこない。何故だろう。
ふと思い当って、桐子は背中に冷水を浴びせられたような気がした。さっき貢は二度、壁から手を離している。もしかしたら、道を誤ったのかも知れない。違う道に入り込んでしまって、再び奥へと進んでしまったのかも知れない。
今からでも片手で壁を伝えば外には出られる筈だ。けれど。
時間は、待ってはくれない。
握りあった手だけは離さずに、闇雲に走った。どれだけ走っても明かりは見えなかった。暗闇の中を彷徨いながら、諦めが希望を絡め捕ろうとする。お願い、もう少し待って。
足元が揺れ、遠くから岩が崩れる音が聞こえて来た。今度は止むことはなく、地鳴りは次第に大きくなりながら、こちらに近付いてくるのが分かった。
「間に合わなかったみたいね」
不思議と怖くはなかった。私たちはここで死んで、魂は根の国へ行くのだろうか。そんな風に思った。
どちらからともなく抱き合い、そっと唇を重ねた。おどおどと、軽く触れるだけの幼い口付け。
「……中坊」
「何だよ」
頬を埋めた胸は薄くて、額が鎖骨に触れるのを感じた。
──筋肉、付いてないなあ。
確かにみどりの趣味ではないかも。何故かそんな事を思った。
抱き締める腕は、とても優しくて……。
「大好き」
ありがとう。あなたに会えて、幸せだった。
四人が見守る前で、轟音と共に洞窟の入口が崩れた。根の国への道は、千引の岩により永遠に閉じられたのだ。
音が消えて暫くすると、木々のさざめきと鳥の声が戻る。静謐な森の夕景だけが、目の前に広がっていた。
靖久の胸に顔を埋め、小百合は号泣した。




