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第2話 もう一つの解

「何故そう思うのかな?」

『先生』が言う。口元には笑みをたたえていても、その眼が笑っていないように思えたのは何故だろう。

 少年は一瞬たじろぎを見せたが、大きく深呼吸をして言葉を発した。

「最初に見たアニメでは、国の事情も登場人物の背景も語られていませんでした。後で見たものは、それに設定を付け足して、真実のように見せかけただけです」

 少年は「じゃあ、もう一つ別の設定で」と言って、物語を読むように語り始めた。


 その国は貧富の差が激しく、また犯罪も多かったため、厳しい法律がありました。きちんとした後ろ盾がなければ職には就けない。犯罪者は罪の軽重けいちょうに関わらず死罪。そんな国でした。

 コンビニの店長は家庭の事情により夜は仕事に出られない為、夜勤の店員には少し時給を上乗せして来てもらっていました。フランチャイズの為、営業時間を勝手に決めることは出来なかったからです。けれど近年は万引きによる損害が夜間の売り上げより多くなる月すらあるため、困り果てていました。

 防犯カメラの映像には顔がはっきり映っていました。店長は悩みました。確かにこの子供たちが盗んだ品物は少額だ。けれど窃盗せっとうはいけない事だと教えなければいけない。事情があるなら、場合によっては賞味期限が切れてすぐの弁当を上げてもいい。本部にバレたら問題になるだろうけれど。

 店長が何度言っても、店員は子供たちを捕まえようとしませんでした。理由を聞いても納得できる答えがないため、店長は彼をクビにする他はありませんでした。


「それから暫くして」

 少年はそこで、語り口調を変えた。『先生』に真っ直ぐ視線を合わせ、にらむように。


 彼はウキウキと、ある場所へと向かっていた。

 雲一つない晴天。心地よい風が吹き、道路に砂埃すなぼこりを巻き上げる。彼は口笛を吹いた。クビにはなったけれど、深夜のコンビニバイトは引く手あまたである。後ろ盾があるものにとっては。いつでも次の仕事は見つかるのだ。

 あの子供たちは結局、彼が辞めた後で捕まったのだと聞いた。たまたま居た客が警官だったことで、即座に連行されたらしい。

 人だかりが見えてきた。刑場まで、もうすぐだ。

 この国では犯罪は死刑である。そして公開処刑は、ストレスをため込んだ庶民のガス抜きという一面を持っている。犯罪の抑制よくせいという面では、あまり効果を発揮していないようだが。

 彼は人の群れをかき分けて前に出た。見覚えのある子供が二人、刑場に引き出されるのが見える。集まった人々の間にどよめきが湧く。「可哀想に」という声が聞こえた。

 そう、可哀想だ。優しい店長はきっと、罪悪感で眠れぬ夜を過ごしているに違いない。いや、夜勤明けで寝るのは昼か。彼は自分の考えに苦笑し、周りにそれを気取られないように唇を引き結んだ。

 彼は何もしていない。だからこのイベントを楽しめる。

 悪いのは、だ~れだ?


 少年が話し終えた時、水を打ったように静かだった室内が、ざわめきで満ちた。

「き……君は、ひねくれてるねえ」

『先生』が苦し気にそう言ったけれど、ざわめきは止まなかった。

「もっと優しい気持ちを持って欲しいなあ」

 空虚くうきょな言葉は教室の天井付近を通り抜け、窓の外へと流れて行った。



「小学生対象サマースクール説明会 〇〇塾」と書かれた看板を振り返って見ていた桐子は、自分を呼ぶ声を聞いて、小走りに母の後を追った。

 ふと、目の前にさらさらと揺れる髪を見つけた。さっきの、あの少年だ。何故だろう、話してみたいと思った。そして、自分でも驚くほどの大胆さで、桐子は少年の肩を叩いた。

「ねえ……」

「何?」

 振り向いた視線は厳しくて、桐子は思わず目を伏せる。恐る恐る顔を上げると、意外にも優し気な笑顔があった。

「ごめん。『先生』が追いかけて来たのかと思って。きみも説明会聞きに来たの?」

「あ……うん」

 子供同士が話し始めたのを見て、互いの親が挨拶あいさつを交わす。少年の母親は、びっくりするほど綺麗きれいな人だった。テレビドラマで見た女優さんみたいだと、桐子は思った。視線を戻すと、少年も母親によく似ている。ちょっとドキドキしてしまい、桐子はスカートの肩ひもをぎゅっと握りしめた。

「あの……、すごいね。あんなに理路整然りろせいぜんと言い返せるなんて」

『理路整然』というのは、転校する前の小学校で国語の先生が言っていた四字熟語だ。ちょっとだけ賢そうな振りをして、桐子は少年を見詰めた。

「ううん。たまたま読んだ小説に、そんな設定があったんだ。オリジナルじゃないよ」

「コンビニの話?」

「じゃなくて、貧しくて刑罰が厳しい国の話」

「異世界転生モノ……とか?」

「まあ、そんな感じかな」

「ふうん。凄いね。カッコ良かった」

 少年は「ありがとう」と言って微笑むと、こめかみのあたりを指でいた。

「でも、可愛げがないって、大人には言われるんだ」


 少年は、一ノ瀬貢(いちのせみつぐ)と自己紹介をしてくれた。桐子と同じ六年生。隣の校区の小学校に通っているらしい。

「貢があんなこと言うから、お母さんドキドキしちゃった」

 優しそうな母親は、ナントカさんに謝らなくちゃ、と言って首を竦めた。サマースクールに誘った人なのだろう。桐子のところも、そうだったから。

「でも、ちょっと怪しそうだったから、申し込まなくて良かったわ」

そう言った桐子の母に頷いて、貢の母親は、桐子に微笑みかけた。

「コンセンサスゲームというのはね、正解が有ってはいけないのよ」

 彼女は、そう説明してくれた。色々な考え方があるのを理解することが大切であって、一つの答えを示してしまえば、それは誘導でしかない。特に子供に対して、それを行ってはいけないのだと。

 ちなみにサマースクールの申し込みは、例年になく少なかったらしい。

 それから少年と会うことはなかった。どこかで偶然出会えないかという小さな期待は、卒業と同時に消えた。中学に入る直前、桐子は父の転勤に伴って、また引っ越すことになったから。

 さらさらした髪と優しい笑顔は、記憶の底で次第に曖昧あいまいになっていった。

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