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Sample8 部屋

照明は白すぎて、心まで透ける。

男たちは金を握りしめ、女たちは名前を偽る。

愛でも性でもない、ただの「やりとり」。

互いの孤独に触れぬよう、沈黙が壁になる。

選ぶ者、選ばれる者、そのどちらにも「人」はいない。

香水と煙草、缶コーヒーとLINEスタンプ。

笑い声が一番、腐っていた。

それでも明日も、この部屋は開く。

それしか、ないから。


****


 待合室


 照明は白すぎた。

 明るくしなければならない理由が、どこかにあったのかもしれない。


 壁には誰も見ないAVポスター。

 空調の音が不自然に響いている。

 カウンターの奥で、若いボーイがスマホをいじっている。


 男が二人、離れたソファに座っていた。


 片方は、スーツの男。

 小綺麗だが、目が濁っている。

 腕時計を何度も確認しては、足を組み直す。

 スマホは見ない。

 何も検索することがないからだ。


 もう一人は、作業服の男。

 手の油が爪に染みついていた。

 膝に握った封筒が、少しふくらんでいる。

 中身は、今日の給料袋だ。


 二人は互いを見ない。

 互いに干渉しない。

 それが、この場所のルールだった。


 カウンターから、ボーイの声がする。


「○○さん、準備できました」


 スーツの男が立ち上がる。

 小さく頷いて、何も言わずに奥へ消える。


 数分後、別の声。


「△△さん、どうぞ」


 作業服の男が立つ。

 封筒を握ったまま、ゆっくりと後を追う。


 彼らは、金で愛を買い、金で身体を買う。

 だが、そのどちらにも、相手はいない。


 帰り際、どちらかが偶然にも、同じタバコを吸っていたことに気づくかもしれない。

 だが、目は合わない。


 互いの孤独に触れないように、

 互いの絶望に沈まないように、

 彼らは今日も買いに来た。


 誰もそれを愛とも性とも言わない。

 ただ、利用とだけ呼ぶ。




 待機室は静かだった。


 香水と柔軟剤の匂い。

 空調の音。

 ソファの沈み。

 壁の時計の針が、秒を刻んでいる。


 女が二人、距離を空けて座っていた。


 一人は、ルナ。

 24歳。

 ラメの強いマニキュア。

 スマホを握りしめ、LINEを見ては閉じ、また開く。


 相手の名前は涼。

 歌舞伎町のホスト。

 この3ヶ月で、貢いだ額は80万を超えている。

 今日も、働けば「ありがとう」スタンプが返ってくる。

 それでいいと思っていた。

 いや、それしか残っていないのだった。


 もう一人は、ミナ。

 28歳。

 口紅は薄い。

 スマホは開かない。

 カバンに文庫本を入れていたが、開かない。

 読む気はない。

 ただ、読もうとしてるフリが、自分を保つ。


 この店に入って5年。

 もともと夜が長かった。

 今は、朝まで眠れないだけ。


 ボーイの声がした。


「ルナちゃん、指名入りました」


 ルナが立ち上がる。

 スマホを懐にしまいながら、小さく髪を整える。

 涼がこのメイクを見たら、なんて言うかな――

 それだけが、彼女の“表情の理由”だった。


 また数分後。


「ミナちゃん、リピートです」


 ミナが立ち上がる。

 無表情。

 立ち方すら機械的だった。

 もう、相手の顔を覚えようともしない。


 二人は、すれ違いざまに目を合わさない。

 互いの理由に触れたら、壊れてしまうから。


 だが、同じドアの向こうへと、 同じ靴音を響かせて歩いていく。


 この部屋には、愛も、絶望も、喜びも、何もない。

 あるのは、“選ばれる”という事実と、 選ばせるという生存戦略だけ。


 ルナは終わった後、涼に画像を送った。

 ミナは終わった後、自販機の前で缶コーヒーを飲んだ。

 砂糖が多すぎて、吐き気がした。


 でも、

 明日もまた、

 彼女たちはこのソファに座っている。


 それしか、ない。




 ボーイの詰め所


 詰め所のソファには、ファブリーズの匂いが染みついていた。

 壁のホワイトボードには出勤予定と指名率の表。

 冷蔵庫の中には、栄養ドリンクと使いかけの割り箸。


 黒服が二人、椅子にもたれていた。

 片方はまだ若く、金髪。

 もう片方は、少し年上で、目が死んでいる。


「昨日さ、〇〇の店行ったんだけどさ」

「お、どこ?」

「××のとこ。新人入ったって言うからさ。いやー、締まりがすげぇの」

「まじかよ。あそこの店、顔はイマイチだけど鳴き声えろいんだよな」

「わかる。うるせぇくらい鳴く女、結構好き」


 笑い声。

 缶コーヒーを開ける音。

 モニターには、今の客入りと待機嬢の名が表示されている。


 その画面の中に、ルナもミナもいる。

 さっき自分たちが「上がりです」と告げた女たち。


 だが、そこに「人」はいない。

 全ては枠と稼働率と使い勝手でできている。


 若い方が言う。


「ルナちゃん、今日もホスト通いだろ?」

「マジで馬鹿だよな。身体売って、LINEでありがとうだぜ?」


「ミナの方がマシだわ。何にも考えてねぇ顔しててさ。あれは続く訳だ」


 笑いが重なる。

 その下で、3つの部屋が沈黙していた。




 客の部屋は、金の匂い。

 嬢の部屋は、柔軟剤と孤独の匂い。

 詰め所は、笑いの匂いが最も臭かった。

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