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Sample4 札束の重み

札束の重みが胸にある。


歓声と悲鳴の交差点、青年は当てた。三連単、五百円。三百八十七万。

叫んだ。隣では誰かが膝をついた。


奨学金は消えた。だが、誰かの明日も消えた。

駅で悲鳴が響く。ブレーキが甲高く割れる。


人が叫ぶ。見えない。

ただ、懐の札束だけが、異様に重かった。


****


 場内は騒然としていた。

 歓声、叫び、どよめき、肩がぶつかる。

 そのすべての中心に、青年はいた。


 液晶に映った数字。

 馬券を握った手がぐしゃぐしゃだった。

 震えが止まらなかった。


 三連単500円的中。

 払戻金387万円。


 これで奨学金が丸々チャラだ。


 背筋が反る。喉が裂ける。

 そのすぐ隣で、何かが崩れる音。


 中年の男が、地面に膝をついていた。


「あの……大丈夫ですか」


「……明日には一家離散だよ」


 言葉を失う。

 呼吸が乱れる。


「……いくら、負けたんですか」


「三十万。

 当たれば四百万。

 それで工場の手形が……

 ……まあ、博打で返そうなんて奴は終わってるんだよ」


 そう言って、ふらふらと男は立ち去る。


 青年は馬券を見た。

 387万円。


 ――しばらく考えた。

 そして、自分に言い聞かせた。


「競馬で借金を返そうとする男など、知るか」


 うきうきと列をなす換金所。

 無造作に差し出される札束。

 手が震えた。

 奪い取るようにして受け取った。


 夕暮れ時の駅直結のデッキ。

 競馬組合の陽気なテーマ曲が流れる中、駅へ向かう。


 賑やかな人混み。興奮した人々。

 喉が渇く。


「今日は旨いものでも食うか」と、口の中で呟いた。


 それでも、さっきの男の顔が、 時折、脳裏に浮かぶ。

 その度に関係ないと、頭をふる。


 アナウンスが響き、列車がホームに入ってくる。


 甲高いブレーキ音。

 広がる悲鳴。


「……飛び込みだ!」


 悲鳴が聞こえた。

 駅員が走った。

 その向こうで人が叫んでいた。


 


 青年は振り返った。

 何が起きたのか、人ゴミに遮られ見えなかった。


 ただ、

 札束の入った懐が、やけに重かった。

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