Sample4 札束の重み
札束の重みが胸にある。
歓声と悲鳴の交差点、青年は当てた。三連単、五百円。三百八十七万。
叫んだ。隣では誰かが膝をついた。
奨学金は消えた。だが、誰かの明日も消えた。
駅で悲鳴が響く。ブレーキが甲高く割れる。
人が叫ぶ。見えない。
ただ、懐の札束だけが、異様に重かった。
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場内は騒然としていた。
歓声、叫び、どよめき、肩がぶつかる。
そのすべての中心に、青年はいた。
液晶に映った数字。
馬券を握った手がぐしゃぐしゃだった。
震えが止まらなかった。
三連単500円的中。
払戻金387万円。
これで奨学金が丸々チャラだ。
背筋が反る。喉が裂ける。
そのすぐ隣で、何かが崩れる音。
中年の男が、地面に膝をついていた。
「あの……大丈夫ですか」
「……明日には一家離散だよ」
言葉を失う。
呼吸が乱れる。
「……いくら、負けたんですか」
「三十万。
当たれば四百万。
それで工場の手形が……
……まあ、博打で返そうなんて奴は終わってるんだよ」
そう言って、ふらふらと男は立ち去る。
青年は馬券を見た。
387万円。
――しばらく考えた。
そして、自分に言い聞かせた。
「競馬で借金を返そうとする男など、知るか」
うきうきと列をなす換金所。
無造作に差し出される札束。
手が震えた。
奪い取るようにして受け取った。
夕暮れ時の駅直結のデッキ。
競馬組合の陽気なテーマ曲が流れる中、駅へ向かう。
賑やかな人混み。興奮した人々。
喉が渇く。
「今日は旨いものでも食うか」と、口の中で呟いた。
それでも、さっきの男の顔が、 時折、脳裏に浮かぶ。
その度に関係ないと、頭をふる。
アナウンスが響き、列車がホームに入ってくる。
甲高いブレーキ音。
広がる悲鳴。
「……飛び込みだ!」
悲鳴が聞こえた。
駅員が走った。
その向こうで人が叫んでいた。
青年は振り返った。
何が起きたのか、人ゴミに遮られ見えなかった。
ただ、
札束の入った懐が、やけに重かった。