Sample2 同じ空のもとで
生まれても、生まれなくても、世界は変わらない。ただ腕に残る重みと、隣の毛布の温もりだけが、命の痕跡を告げる。祝福でも希望でもなく、虚しいままに、それでも確かに在ったと、せめて記録しよう。始まりと終わりの声が交差しても、何ひとつ変わらず、ただ在るという事実が、ここに刻み込まれるのだ。それが命の輝きだ。
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彼女は、その子の重さを腕に感じながら、自分が本当は、子供など望んでいなかったことに気付いてしまった。
胸に湧いたのは後悔ではなく、嫌悪だった。
この子は美しくないと思った。
世界は何も変わらないし、自分も変わらない。
ただ、生まれた。それだけだ。
隣の病室で母が毛布を抱き締めている。
その毛布の中にいた子供は、死んだことですら何も意味を持っていない。
それを看護師は知っていた。
哀れむことも、同情することもできない。
この女は解放されたのだ、と不意に思った。
看護師はドアを閉めながら、ほんの一瞬だけ、「これが明日なら良かった」と思ってしまう。
何が、どう良かったのかは考えないようにした。
光の差す廊下が、ひどく気持ち悪かった。
始まりも終わりも、同じに見えた。
生まれたての声と、死にかけた声は、どちらも聞き慣れた音で、何も言っていなかった。
誰の声でもない産声が、遠くにあった。
それは誰にも届かない。
二つの命。
始まりと、始まらなかったもの。
どちらも、ただあった。
価値はない。 何も残らない。
それでも、それでも。
始まった命も、
始まることすらできなかった命も、
その小さな痕跡を、そっと残そう。
祝福ではなく、記録として。
希望ではなく、証として。
虚しいままで、
それでも、確かに在ったと。