ST-r:06.5「GRILL:ME」
道内線の乗り換えを一度挟んで、釧路へ着いたのはまだ昼前。
陽は高く、けれど風はまだ陽気を許していない。潮の香りが微かに混ざるこの空気が、ここが港町であることを告げている。
「ちょっと寄り道、いいよね?」
ユノが勝手に言い出した、という建前のもと、マーケティング部三課は市内の一角にある古い市場へと足を運んだ。
市場の一角、暖簾の奥。
カウンター越しに炭火の炉が構えられた、昔ながらの炉端焼きの店。
そこに並ぶのは、朝獲れのホッケ、銀色のつぶ、干した鮭とばに、うす塩のにしんの開き。
すべてが、火を入れることで香りと色彩を取り戻す“待ちの姿勢”をしていた。
「……ここ、いいじゃん」
南郷が短く言って、黙って暖簾をくぐる。
妙に似合うのが、ちょっと悔しい。
課長も、そうだな……と言い、入っていく後ろ姿は流石だ。
私たちもそれに続き、奥の席に落ち着いた。
炉の温もりがじんわりと手のひらを包む。
「ホッケと……つぶ貝、あとにしん。焼いてもらっていいですか?」
宮ノ沢がさらりと頼み、店主が静かに頷く。
すぐに火が入り、炭がぱちりと弾ける音がした。
「……誰も喋らないの、逆に落ち着かないんだけど」
ユノがぼそっと言う。
でも誰も返事をしない。
静かな空気と、焼けていく香ばしさ。
それで、十分だった。
「……ねえ」
私はぽつりと呟く。
「こういうのって、またあるのかな」
南郷が煙草を取り出しかけて、ふと手を止める。
「何がだ」
「この、“無事に終わった感”みたいなの」
誰かが息を吐いたような音がして、すぐにホッケの皮が弾けた。
あつあつの身を箸でほぐしながら、宮ノ沢が答える。
「……たぶん、忘れるくらい、あるよ」
ああ、それもいいかも。
忘れるほど何度も、こうやって終わりがあって、こうやって美味しいものを食べて帰れたら。
炭火の向こう、煙がゆるく昇る。