ST-r:05「FIRE:ME(中)」
朝の霞がまだ残る釧路の街。昨夜ホテルで短い眠りをとった私たちは、早くも二度目の捜査に動き出していた。
幣舞橋へと続く歩道を抜け、橋の中央に差しかかると、まず川側の景色が目に入ってくる。護岸された川の両岸には近代的なビルが立ち並びつつ、昔からの倉庫街らしき建物も所々に見え、霧が川面に漂う姿が何とも幻想的だ。
一方で海側へ目を向けると、うっすらと海原が広がり、その先には港湾施設がちらりと見える。未来都市となった釧路とはいえ、遠くの水平線は変わらず静かに続いていて、どこかほっとする光景だった。強化ガラスの欄干にはホログラム広告が浮かんでおり、古い彫刻と近未来のテクノロジーが混じり合う。朝日に照らされた海の奥には、小型の貨物船が忍び足のようにゆっくりと動いている。朝の景色も悪くないじゃん。
行き先は、川の反対側。
河口付近で河川を挟んで両岸が発展しているという様子が、ひどく新たに都会的な印象に感じるのは札幌には河口が無いからだろうか。
この街で“クレイマー由来”と疑われるAVR残照を目撃した子ども(「苦しむ死のイメージを見た」)の件を前日に調査したばかりだというのに、同じ釧路市内で今度は「穏やかな死」のAVR異常が検出されたらしい。
「昨日とまるで正反対だな。苦しむ死と穏やかな死……両極端すぎねぇか」
そう呟いたのは南郷。まだ朝の気配が色濃く残る通りを歩きながら、ポケットに手を突っ込んでいる。
「今回の発見者は老人の男性……だっけ」
宮ノ沢がホログラムを指で操作しながら言う。画面の中には支部からの報告データがリストアップされていた。
「ええと、年配の方で早朝の散歩中、幣舞橋のあたりで“穏やかな死のAVR”を見ちゃって驚いた、と……真夜中に誰かが亡くなったわけでもないのに、突然そんなイメージが投影されてたら誰だって驚くよね」
ユノが少し同情めいた口調をつけ加える。
現場へ急ぎ足で向かうと、ちょうど支部職員が老人男性を落ち着かせているところだった。彼はすでに椅子に座り、体を丸めて深く息をついている。そのすぐ傍、橋のたもとには微かなAVRの揺らぎがまだ残っていた。いくつかのキラキラした光粒が地表を漂っては消えている。昨日見た“苦しみ”の残照とは雰囲気が違う、どこか穏やかな名残だ。
老人に声をかけると、彼は少し震える声で話し始めた。
「……目の前に現れたのは、もう歳を重ねた男性の最期の姿でね。家族に看取られて……幸せそうに息を引き取っていたんだよ。私はこんな所でそんな場面を見るとは思わずに……」
思い出しただけでも恐ろしいのか、はたまたいずれ訪れる自分の死を重ねたのか、どのような感情からなのか、老人は首を振る。言うに、彼自身が亡くなるイメージというわけではなく、あくまでまったくの他人の“死”が唐突に入り込んできたらしい。ユノが気遣わしげに肩を叩きながら言葉を続ける。
「その人のお顔とか、どこかで見たことは……?」
「いや……全然知らない。誰かのAVRデータでも漏れたんじゃないのかね……。ただ、苦しんではいなかった……すごく安らかだった。意味がわからない」
そして今回はAVRの残照が再び現れる事はなかった。
私とユノでいくら聞いてみても、どうやら今回の情報は「穏やかな死を見た」という事実以外にめぼしいものがない。南郷と宮ノ沢もホログラムをチェックしながら眉をひそめる。
「……今のところ、子どもの“苦しむ死”と繋がる気配は見当たらねぇな」
「同じクレイマーが撒いた残照だとしたら矛盾してるレベルだよ。もしかして別件なのか……?関連性は強いて言えばどっちも老人男性の死に様を見たって事くらいか」
宮ノ沢がぼそりと呟く。
前日は「苦痛の死」、今朝は「穏やかな死」。発見者は子どもと老人。法則性は一見ない。それどころかかえって支離滅裂だ。幣舞橋のほとりには川面の霧がふわりと漂い、街が生温い朝の光に照らされている。どこか不安定な空気に包まれたまま、私たちは一度支部へ報告を入れた。
「二つの死のAVR残照データか……場所か……?目撃者同士の関連性は?南郷」
ホテルに戻り情報を整理していると課長が尋ねた。
「どっちの線も無しだ。二人に面識は無い。場所も近いと言えば近いが、全く同一地点でも無けりゃ、単に人の多い街の中心エリアで起きたってだけの解釈だ」
「具体的な映像とは言えないまでのクレイマー反応も、この辺りを中心に釧路エリアで依然広範発生中……か」
課長は椅子の背もたれにもたれかかり天井を仰ぎ見る。
皆でああでもない、こうでもない、と仮説を述べる。
少なくとも、釧路を中心に何かが起きているという事だけが今のところの事実だ。
「高齢化進み過ぎてAVRもバグってんじゃねえの?」
「それだと良いんだけどな。ただそうなると先々その辺でも頻発するぞ」
宮ノ沢と南郷の会話にユノが「それはイヤ」と割って入るのを最後に一度静まる室内。
「あーもしかして!……」
また宮ノ沢が恐らく若干ふざけた説を披露しようとしたそのとき、急に響く通知音。
『根室で同様のAVR異常が観測された』
と。しかもそちらでも“穏やかな死”だったという。目撃したのは中年男性。法則がないどころか、ごちゃごちゃしている。そればかりか唯一の手掛かりだった釧路市内から遠ざかり広がる範囲。
「また振り出しか〜」
「まあ、手掛かりが増えるって見方も出来るからさ……」
伸びをし、絞り出すような声で呟くユノに少しげっそりした様子で答える宮ノ沢。
「引き続き釧路での異常アラートも発生しているようだ。こっちは私と南郷で対応する。今回のクレイマーは凶悪なタイプでは無いとは思うが、万一の際は用心しろ」
札幌への報告が……などとぶつぶつ文句を言う課長となだめる南郷を横目に私たちは急ぎ根室へ向かうことになった。
道内線の車内に揺られ、相変わらず静かなモーター音を聞きながら、私は窓の外を眺める。釧路から東へ進むほど街の密度は下がりながらも、要所要所で再開発のビル群が目につく。ユノがホログラム地図を見つつ言った。
「釧路から根室方面にかけて、確かにクレイマーの反応がパラパラ増えてる感じだね。なんでこんな広範囲で……」
「やだな、じわじわ広がってるみたいで」
私が答えると、宮ノ沢は気だるそうに笑う。
「まあ、現場に行けばわかるかも。今回も法則が見つからなけりゃ面倒だけど」
飛ぶように過ぎていく風景。そしてーー
「でかすぎじゃない?」
毎回思っているか言っている気がするが、根室駅の構内を歩きながら誰にともなく尋ねた。
何階建てなのか、ショッピングモールとなっている駅舎、改めステラトレイス根室。
私が行った事が無かっただけでもしかして昔からこうだったのかもしれないが、そんなはずはない。きっとかなり変わっているんだと思う。
根室駅舎を出ると、まず目を引いたのは開けた湾岸に面した高層マンション群だった。かつて漁港の風情が強かったこの地も、都市化の波に呑まれているらしい。港は見えないが、海鳥が群れを成して飛び、鳴き声とともにそこに漁港がある事を知らせる。駅前には広場が広がり、大型ホログラム案内板が名所を示していた。釧路に似たような再開発の空気を感じるが、こちらのほうがより昔の名残を色濃く残している印象だ。
「ネオ花咲蟹……いや流石に何これ」
駅前の看板を見て、思わず呟いてしまった。
「ああ〜。これ、品種改良で刺が物凄く鋭く殻が固くなった花咲蟹。一時流行ったんだよなぁ。食べづら過ぎて逆にチャレンジャーが殺到したらしい」
ちなみに身は本物よりかなりえぐみが強くて美味しい。と宮ノ沢。食べたんだね。
根室本町で待つ支部職員との合流を済ませ、「穏やかな死」を目撃したという中年男性に話を聞くことになった。低層マンションと戸建てが混ざる静かな住宅街へ行ってみると、昼前の光の下、淡く光るホログラムの残照がゆらゆらと漂っている。四十代後半ほどの男性は落ち着かない眼差しで私たちを出迎えた。
「……こんなに大事だと思ってなかったんですが、あまりに不気味で」
「大丈夫ですか。何を見たのか、できるだけ詳しく教えてもらえますか」
ユノが穏やかに声をかけると、男性は息を整えながら頷いた。
「さっきまで僕、家でリモート会議に出てたんですよ。ふと窓の外がやけに静かだから覗いてみたら……“ホログラム”っていうか、まるで病室のベッドが置かれてる感じで。そこに横たわってるのはお年寄りの男の人で……どこか安心したような笑みを浮かべてたんです。死の直前みたいなのに、すごく安らかな表情で……現れたり消えたりするんです」
彼の言葉に、一同は顔を見合わせる。釧路での「穏やかな死」と同じ“男性らしき遺体”が投影されていたのだろうか。
「あっ、また……」
男性が急に指を差す。
見逃すまいと食い気味で見やると、そこに映し出されていたのは。
「同じだ……」
一番最初の女の子のとき、目の前で見た私にははっきりとわかった。
「これ、最初のAVR残照の人と同じ人だ……表情が違うから分かりづらいけど。間違い無いと思う」
「って事は、同じ人の色々な死に様の投影……ってコト……?」
ユノが口のあたりに指を当てながら首を傾げる。
「へぇ」
宮ノ沢が何かを閃いたのか、それっぽい笑みを浮かべた。
その後は一通り話を聞き、釧路へ報告。
「あ、悟ちゃーん?こっち、終わったよ。うん、あー、零が気付いたんだけどさ、どうやらAVR残照に出てくる人、同じ人っぽい……え?あー、わかったよ。少し待ってろって?あ、はーい、りょうかーい」
せわしなく話し、電話を切る宮ノ沢。
「なんか、向こうも向こうでバタバタしてるっぽい、とりあえず待てだって。待てったって……」
ひとまず昼食を取ることになった。
支部職員によれば「根室名物のエスカロップを試してみて」とのことなので、近くの喫茶店を案内してもらう。
ユノが「ですよね!」とぼそっと返答。
レトロな店内で注文、運ばれてくる料理を待つ。
「エスカロップって、この時代でもまだ有名なんだ。私のときもコンビニでローカル名物特集で見た事あるよ。食べた事はなかったけど」
「なんかお菓子っぽい名前で取っ付きにくいというか、覚えづらいんだよね」
そう言う割りにユノは待ちきれない様子だ。もしかしてさっき車内で何か調べていた様子だったのはこれか。
程なくして出てきた皿の上には、バターの香りをまとったライス、その上にサクサクのトンカツが乗り、ケチャップとウスターソースをベースにした濃厚なソースがたっぷりかかっていた。
見た目はシンプルに思えるが、ひと口食べるとライスのバター風味が真っ先に鼻をくすぐり、続いてカツのジューシーさ、そしてトマトとスパイスの酸味とコクが絶妙に重なって、思いのほか複雑な味わいが楽しめる。
「すごいおいしい……」
私が目を丸くすると、ユノが「食べたかったんだよね〜!」と満足げに笑う。
宮ノ沢は「意外とイケるかも」と感心したように呟き、一心不乱にトンカツを頬張っていた。
ある程度腹が落ち着いた頃、ユノが切り出す。
「同じ人の2パターンの死の様子が見えるって、どういう事なのかなー死ぬときは普通一回きりでしょ?」
「二回死んだとか?稀にあるらしいしね!ってのは冗談として、こういうのが関係あるんじゃないかなってね」
宮ノ沢がソースまみれのトンカツを口に運びながらホログラムを開く。
『見送るあなたに、悔いなき時間をーー終末医療AVR』
「最近結構流行ってるらしいんだよね、どっちかというと遺族向けなんだけど、死が近い患者に安らかな死のAVR情報を与えて、遺族で看取りましょうってやつ。安楽死とは違うって言い張ってるけど結構イカれてて好き。で、これが……」
宮ノ沢が次の情報を示そうとした瞬間、画面に突然の通知。
『ーー着信。南郷悟ーー』
「おっ、きた。はーい宮ノ沢。え?あーわかったよ、なんだよそれ……了解。こっちもわかった事あるから、情報だけ送っておくわ。はーい」
連絡で指示された場所に向かう。
今度は“遺体のAVR”を目撃した別の人物を訪ねるべく、根室の商業区のオフィスへ足を運ぶ。夕暮れが迫る中、そこは会議室の一角で、部屋の一角のようなホログラムの残照が空間にうっすら輪郭を残していた。
「これです……最初は本当に人が倒れてるのかと思って……ごめんなさい……」
唇を噛み部屋を退出する女性。この空間に得も知らぬ圧迫感が漂っている気がする。
目撃者の共通点は、案の定無い。
ユノがホログラムで記録を採る一方、宮ノ沢は残照に目を向けるや否や目を細める。
「……なあ、これ3Dモデルで構成されてね?」
彼はホログラムメニューを何度か操作して周囲をいじくり回す。その仕草はいつもの軽いノリではなく、深い興味に突き動かされているようだ。
「3Dモデル……?」
私が聞き返すと、宮ノ沢は楽しげに口角を上げる。
「うん、普通の“視覚だけ”AVRじゃなくて、たぶん三次元的に配置されてる。点群データみたいに座標が埋め込まれてるやつ……てことは、入れんじゃーん!」
「え、入るって……何やるの?」
「例えばVRゲームで“ボクセルデータ”の中に飛び込むようなのあるだろ? それと同じ。複数視点が合成されてるから、ダイブすれば立体的に見られるかもしれない」
説明されてもピンと来ないが、宮ノ沢がやる気に満ちているのは明らかだ。
怖気づく私を尻目に、宮ノ沢はホログラムへアクセスしていく。
「まあ、試してみなきゃわかんない。ちょっと待ってて」
そのまま宮ノ沢はAVR残照の端に立ち、地面の上に仄かに漂う光の粒に手を近づける。何かをトリガーにしたのか、視界の周囲にパリッとしたノイズが走り、宮ノ沢の輪郭が少し歪む。
ーー
「入った……? うわ、マジかよ……ちょっと面白いぞ、これ」
声は淡々としているが、一瞬身震いしたようにも見える。
私やユノの目からは、宮ノ沢のまわりに霧のようなホログラムがかぶさっているのがわかる。本人の身体が少し曖昧に透けて、そこに“男性の遺体”のイメージが浮かんでいるらしい。
「さーて、どっからいくかな。何か手掛かりがあれば……っても死体だけか」
遺体に近く宮ノ沢。
「うん、顔はさっきの目撃者のときの人と一緒っぽい。今度は俺もわかる」
どうするのかと思い、内心緊張しつつ見守る。すると。
「うわ……なるほど……これ服めくれてる感じだな……」
「あー、見えた見えた……なんだこれ、胸のあたりになんかある……傷? いや、縫い痕みたいな?」
宮ノ沢が独り言のように呟く。その言葉を聞いた瞬間、私の背筋にゾクリとしたものが走った。遺体映像の空間に入り込み、服を捲って“胸の傷”を見ているのだ。
「……南郷?さっきの現場、今宮ノ沢が見てるんだけど。うん。胸の縫合痕、心臓のあたり。うん、お願い、合わせて確認してみて」
横で電話をかけるユノ。何やら向こうでも進めているようだ。
しばらくして、宮ノ沢の身体から霧のようなホログラムがシュッと消える。彼は少し息を乱しながらこちらを振り返った。
「ふぅ……思った以上にエネルギー食うな。でも見えたよ……胸の真ん中あたり、服を捲ると明らかな手術痕があった。素人目にもわかる縫合跡。AVRでわざわざこんなの残すなんて……普通はないだろ?」
「手術痕? どういうこと? 」
ユノが不思議そうに首を傾げる。
「逆に“おかしい”んだよ。AI医療が進んだこの時代に、胸を大きく切り開くようなことって滅多にないだろ。現実にこういう傷跡が残ってた人だとしたら……すごく特殊な手術を受けたってことじゃないか?」
宮ノ沢は汗を滲ませながら言った。
その場で宮ノ沢は検索画面を立ち上げ、医療関連のアーカイブを徹底的に掘り下げ始める。傍目にはただホログラムをスワイプしているように見えるが、呼吸が荒くなるほど集中しているのがわかる。
「ええと……この時代はナノマシンを使った細胞プリント修復や内視鏡を超えた無侵襲手術が主流。ほんとに切らなきゃいけないケースは極めて限られてる。でも、それでもまれに“人間の手”で大掛かりに修復する例があって……ぼちぼちあるな」
ユノと共に息を詰めて見守る。
「……だめだこれ、昔の記録ばっかじゃん。年寄りだからちょっと昔の手術の可能性もあるのか?医療データベース見づら!もう要らないだろこんな化石みたいな情報!」
がっかりとした様子で床に座り込み。首を上にもたげる。
「画像検索でも出来ればいいのにね……」
何気なく私が呟くと宮ノ沢が急に起き上がりーー
「あんじゃん画像!」
次の瞬間にはまたホログラムにダイブし、遺体にがっついたと思うと……
「爺さん悪りい!ちょっとスキャン入れるぞ」
仮想とはいえ、遺体の胸部がパリッと開かれる。反射的に私は目を背けた。どうやらその後、宮ノ沢は”心臓”の画像を入手したようだった。
「検索検索……出た……これか。“SIRUS法”……心室導管再建術の一種。Septal Integration of Rhythm-Utility Sync……要するに、心臓の電気信号と中隔を人間の手で再構築するってバカみたいな手術……普通はやんねえよ、こんなの……」
宮ノ沢が目を見開く。
「SIRUS……?」
初めて聞く単語に、私は戸惑う。AIが主導する近未来医療でわざわざ“切る”なんて。
「何だこれ。AIでは推奨されない外科的アプローチ、素材適合のリスク、失敗すれば即死……でも成功例がいくつかあって、一人だけ突出して成績を出してる医者がいる……」
ざっと読み込んだところで、宮ノ沢は呆れたように笑う。
「要するに“未来版の開胸手術”だ。バカみたいにリスキーだけど、これでしか治せない症例もある。それをやる変わり者がいるらしい。この胸の傷跡も、そういう人為的な手術痕ってことか」
『着信。南郷悟』
「あ、南郷だ。はーい、こちら円山。待って。スピーカーにするね」
『南郷だ、確認が取れた。言っていた通り、今回の目撃者に確認を取ったが、釧路で新しく増えた奴らも含めて、全員心臓に手術経験ありだ。例外なく”切られてる”。軽めの反応の正体も、手術までは無くともきっとかつての患者だろうな。あー課長、なんだ、なに?わかった。データベースとの照合も完了だ』
「ねー悟ちゃん、先に当ててあげる。全員SIRUS法での手術でしょ」
『あー、待て……』
『……正解だ。どうやら当たりみたいだな。ったく、全員共通点大有りじゃねえか』
「って事は、そいつで決まりだね」
顔を見合わせる私たち。苦しむ死、穏やかな死、そして遺体の映像——どれも最終的に“同じ男性”が投影されており、その裏に同一の医師がいるというわけだ。
『たぶんそいつがクレイマー化していて、死因偽装のAVRを暴走させてるんだろ。こういう展開、ロクなことにならねぇぞ』
声だけだが、南郷の苦い表情が伝わってくる。
『「……貸せ、電話、南郷。あー、大谷地だ。該当医師の居処も特定した。中標津市立ホスピス病院。今も、勤務中だそうだ』
我々も向かうので三人も直接来い、現地で合流だゴニョゴニョと言い、南郷が電話を取り返した様子で言った。
『というワケだ。じゃあな』
「中標津……だって。どうりでね、どんどん異常発生が本人に近寄ってたって事か。ネタバレしちゃえばわかりやす」
疲れか呆れか、ため息と共に宮ノ沢が吐き捨てた。
ごくり、と唾を呑む。あの“SIRUS法”で人間の手を使って何人もの心臓を救ったはずの医師が、今や“同じ男性の死”という形で患者たちのトラウマを拡散させている?
釧路、根室と舞台を移しながら追ってきた奇妙なAVR残照は、どうやら中標津にいるらしい医師へと行き着くようだ。
私たちは根室駅へ急ぐ。ここから北西へ向かえば中標津。かつては遠い印象だったが、道内線の高速化のおかげでさほど時間はかからない。夕刻の根室の街を振り返ると、そこには変哲のない近未来の住宅街が広がっていた。しかし、その裏側ではクレイマーの歪んだAVRが確実に広まり、“死のイメージ”をちらつかせている。
医師のクレイマー化は危険度が高すぎる。もしも今この瞬間も彼が手術を行っているなら、患者はどうなるのか。
宮ノ沢がホログラムを閉じ、頭を小さく振る。
「SIRUS法で救われたはずの患者たちが、“死のデータ”を共有させられてる……皮肉だよな。“心を切って救った人間”が、今や自分で心を壊してるってわけか……」
いつになくシニカルな声音。捉え所のない彼らしくない。
静かに発生した異常から、静かに終りに近付いていく感覚。
スピードに乗り切った車内から、飛ぶように消えていく景色をただ眺めていた。