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第4話 思惑

「どうでもいいわけないだろ」


 アリアは口をとがらせ眉を寄せた。自分を卑下したようなアルヴィスの物言いが気に食わないし、理解ができない。

 睨むように顔を見つめるが、アルヴィスはアリアを無視してベッドサイドテーブルに視線を送る。

 彼の目線の先には、王妃の印が押された封筒が置かれていた。

 

「先ほど、王妃殿下からお詫びの手紙が届きました。なんでも、謝罪を拒む王妃殿下を貴方様は強く叱責されたそうですね。『アルヴィスに謝罪しろ』とお話しになったと王妃殿下の従者からうかがいました」


 アルヴィスの話したことは紛れもない事実だった。

 毒を飲ませた過失をなかったことにしようとする王妃にアリアは激昂し、食ってかかった。


 『アルヴィスに謝罪してください』

 『彼が許さない限り、俺も許す気はありません』


 そう言い放ったのだ。


 王妃は頑なに謝罪を拒んでいたが、詫び状が存在するところをみると『許さない』という脅し、そして『アルヴィスが許せば水に流す』という条件が効いたのだろう。


「だって、悪いことをしたら謝るのが当然だろ。反省や謝罪もせずになかったことにするのは違う。命に関わることだからなおさらだ」


 アリアは王妃の無責任な態度を思い出しながら、むっと口元を曲げる。他人を傷つけても平気でいられる精神が信じられなかった。


「王妃殿下の反応は異常だと思う、といった顔ですね」

「だって、おかしいだろ。どう考えても」

「僕は貴方様のほうが変だと思います。王子といえど、一国の王妃に謝罪を要求するなんて狂ってますよ。あの方は周りが言うような心優しい女性などではなく、したたかな人です。目をつけられるようなことをしてどうするんですか」


 君主が絶対の世の中だ。立太子の儀を済ませていないベルカントと王妃とでは、王妃のほうが格が上になり、権力もある。

 王子という地位をもってしても、ひとたび王妃から憎まれてしまえば安全であるとは言いがたい。

 

 アルヴィスは王妃の手紙を取り出し、アリアに見せつけながら言葉を続ける。


「王妃殿下からいただいたお手紙もこの通り。謝罪の言葉はあれど、毒に関して一切触れておらず、なんの証拠にもなりません」


 アリアは手紙を凝視する。書かれていたのはたったの数行。つらい想いをさせて申し訳なかった、ということと、今後はこのようなことがないようにするということ。

 謝罪の手紙であることに間違いはない。

 だが、あまりにも抽象的で具体性に欠けている。他人に見せたところで、毒紅茶に関係する謝罪文だとは誰も思わないだろう。


 アルヴィスは手紙を封筒にしまい、どこか苛立った様子でテーブルの上へと放り投げた。

  

「王妃殿下の『哀れな未亡人が、王妃へと成り上がった過去』は美談とされていますし、貴婦人たちからの評判も悪くはない。けれど、あの方は演技派の大嘘つきで打算的。僕はそう踏んでいます。だからこそ、今回の件で弱みを握り、都合のいい持ち駒にすべきだったのに」


 あきれたようにため息を吐き出したアルヴィスは頭を抱えた。こんなやり取りは何度目だろうとばかりに、アリアを見つめている。

 一方のアリアは忠告めいたセリフにもけろりとしており、全く気にとめていない様子だった。

 

「別に、フェローチェ王妃殿下を駒にする気はないよ。血が繋がってなくても同じ王族だし、いがみ合いたくないしさ。こっちは水に流すって言ってるから、別に証拠になるものじゃなくても構わないじゃないか」


 アリアの言い分にアルヴィスは目を見開いて絶句した。

 そうなるのも無理はない。貴族なんてものは笑顔の裏で騙し合い、蹴落とし合い、いがみ合うものだ。利用をしないだとか仲良くやっていきたい、などは理想論でしかないだろう。


「いつもの型にはまって合理的で、リスクをとれない安定安全思考の退屈すぎる貴方はどうしたんですか」

「なぁ、それってけなしてるの褒めてるの? それに、なんで笑ってるんだよ」


 アリアの指摘にアルヴィスは、にぃと上がっていた口元を慌てて押さえた。どうやら笑っていたのは、無自覚だったらしい。

 

「おや、失礼いたしました。あまりにも予想外で面白かったもので」

「面白い?」


 アリアの問いかけにアルヴィスは大きくうなずいた。


「ええ。これまでの貴方なら、王子らしく王妃の顔をたてて円満に終わらせたはずです。それなのに、たかだか側近のために王妃殿下に大恥をかかせ、利用することもしないなんて、何をどう考えたらそうなるのか僕にはわかりません。面白いと思うのも当然でしょう?」


 アルヴィスは、くつくつと肩を震わせながら笑う。面白くて仕方がないといった様子だ。 

 笑われてばかりのアリアは困惑の表情を浮かべながら、納得がいかないとばかりに首をかしげていた。


「えぇっ……そんなに変かなぁ? 俺はこれが最善だと思うんだけど」


 アリアは不安げな顔でぶつぶつと呟くように言う。やがてアルヴィスは笑うのをやめて、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

  

「大変失礼いたしました。ですが、いまの奇天烈な行動ばかりな貴方は、以前と違って好ましいですよ」

「え……」

「いまの貴方なら、期待ができますからね」


 アルヴィスは、すっと目を細める。

 先ほどまでとは何か違う、美しくてどこか冷たい笑顔。

 アリアは胸騒ぎがして、身体を縮こまらせた。


「期待? 期待って……?」


 アリアはこわごわ問いかける。だが、アルヴィスは穏やかに微笑むばかりで、何も言おうとはしない。

 『教える気はない』と輝く金色の瞳から言われている気がしたアリアは、それ以上彼を問い詰めることはできなかったのだった。

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