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第3話 命の恩人

「兄様は、私を生かしてくれたの」


 アリアは、なぜ王子に尽くすのかという問いかけに穏やかに微笑み、再び口を開いた。


「私、本当は十八年前に殺されているはずだったから」


 信じられないセリフにレミィは言葉をなくして、無言のままアリアを見つめる。

 一方のアリアはゆったりと目を閉じて、自分が生まれた日のことを静かに語り始めた。



 十八年前、ベルカントとアリアはこの城で産声をあげた。

 ムジカ王国国王レガートと、王妃クラヴィアの初めての子として。

 本来なら、誰もが喜び祝福や労いの言葉をかけるところなのだが、このときばかりは皆が凍りつき、時が止まってしまったかのようになっていた。


 生まれてきた子どもがムジカ王国で忌み嫌われる『不吉で不幸の種』である双子だったからだ。

 王の血を引くとはいえ、不吉な双子を生かしておけば国に災いが起こりかねない。

 片方を……王位継承権のない妹を始末しなければと国王レガートは剣を握り、王妃クラヴィアは泣きわめいた。


 だが、レガートは振り上げた剣を娘に突き立てることはできなかった。

 生まれたばかりで泣きじゃくっていた双子が、互いの肌が触れた瞬間に泣き止み、安心したように眠ったのを見てしまったのだ。


『きっと、この子たちにはお互いの存在が必要なのです』


 そう話す王妃クラヴィアの必死の懇願もあり、国王は不吉と言われる双子を育てていくことを決めた。

 国民の理解は得られないだろうと、双子の妹の存在は隠さざるを得なかった。

 だが『言い伝えなど、ただの因習でしかない』ことを証明してみせると、国王と王妃は誓ったのだ。


 


「肌が触れて泣き止んだのはただの偶然かもしれない。だけど、私は救われたんだ。それに、私の立場や城はずれの塔が危うくならないようずっと根回ししてくれていたのも兄様だった。それはまぎれもない事実だから」


 ふにゃっと笑うアリアに、レミィは下唇を噛みしめる。


「私が何を言おうと、代役をお辞めになる気はないのですね」

「……ごめん」


 目をそらすことなく謝罪の言葉を口にするアリアに、レミィは苦しげにうつむいた。


「一つだけ約束していただけませんか? 絶対に死なないでください。アリア様がベルカント王子殿下を守りたいと思うように、私も貴女様をお守りしたいのです」


 レミィの言葉に、アリアは穏やかに微笑んだ。

 

「……レミィ、ありがとう」

「とにかく約束厳守でお願いしますね」


 むすっとした顔のレミィに、アリアは「うん、わかった!」と、明るく笑う。

 『本当にわかっているのか』とでも言うようにレミィは頭を抱える。

 場所は違えどいつも見慣れた光景に、二人は顔を見合わせて噴き出すように笑った。

 


「ローラン先生、アルヴィスは?」


 仕事を終えて医務室の扉を開けるなり、アリアが問う。呼びかけられたローランは大きく伸びをしながらやってきた。


「さっきまでは起きてたけど、また眠っちまったみたいだね。気だるそうだったけど、もう大丈夫そうだ」

「よかったぁぁ……」


 アリアは安堵の吐息をこぼし、レミィに視線を送る。


「ローラン先生。私、レミィ・ヴェーツェルと申します。お探しのものがあると殿下から伺いました」

「アンタがレミィだね! よろしく頼むよ」

「ええ。お任せください」

「さ、あっちで話を聞いとくれ!」


 二人は隣室へと消えていく。年齢の話や依頼の内容など、ローランにとって聞かれたくない話があるのだろう。


 残されたアリアは最奥にあるベッドに向かい、枕元に置かれたイスに腰掛けた。

 アルヴィスの顔は血色もよく、眉間に刻まれていたしわも消えている。

 冷や汗もなく、規則正しい呼吸を繰り返している様子にアリアは「よかった」と呟いて、視線を落とした。


「アルヴィス、ごめんな。あのとき俺が迷ったからだ……毒を飲ませるなんて、したくなかったのに……」

「構いませんよ。おかげで確証を得ましたから」


 艶やかで落ち着いた低音にアリアは勢いよく顔を上げる。いつのまにやら眠っていたはずのアルヴィスは上体を起こしており、アリアをまっすぐに見つめていた。

 

「アルヴィス!」


 アリアは目を潤ませて、アルヴィスに抱きつく。あの日の母親のように冷たくもないし、先ほどのようなひどい高熱でもない。


「後遺症もなさそうだし、よかった」


 肩に顔を埋めると、不愉快そうに眉を寄せたアルヴィスがアリアを掴んで引き剥がした。

 

「誰かに見られでもしたら、あらぬ噂がたつので、やめてください」

「そっかそっか、ごめんな!」


 全く悪びれる様子がないアリアにアルヴィスは小さくため息を吐き出して、窓のほうに視線を送った。

 窓からはオレンジ色の柔らかな光が差し込み、庭にも伸びた影が落ちている。 


「もう夕方……。ずいぶん長く眠っていたようですね。殿下、仕事はどうされたのです?」

「必要な書類にだけ目を通して、あとは全部すっぽかしてきた。仕事なんてしている場合じゃないだろ。自分の側近が、俺のせいで倒れてるんだから」

「嘘でしょう……」


 アルヴィスは理解不能だとばかりに頭を抱えて、呟くように話し出した。


「僕、今朝からずっと王子(あなた)偽物(ダミー)かもしれないとか、演技をしているのではないかだとか考えていたんです。けれど、こんなに似ている人間が存在するはずもなく、演技をしたところで王子殿下になんの得もないのですよね……」


 アリアの心臓は『偽物』という単語に大きく跳ねる。だが『双子が不吉』とされているおかげで、追及を免れていたらしい。

 胸を撫で下ろすアリアに、アルヴィスは再び口を開いた。


「貴方様は本当に記憶の一部をなくしているようですね。以前は、王子らしくないことや、無意味で迂闊(うかつ)なことをしたり言ったりするような人ではなかった」


「む、無意味で迂闊って、さすがにひどくないか?」


 アリアは苦笑しながら反論するが、アルヴィスは当てつけのように眉間に深いしわを刻ませた。


「迂闊じゃなければなんなのです? 毒の対処も『医者から薔薇は止められている』と言ったり、手が滑ったふりをしてカップを落としたりすればいいのに、バカ正直に毒だと口にするなんて」


「医者に止められている! なるほどそうか、それは思いつかなかったな……ごめん」


 アリアは眉尻を下げて、肩を落とした。

 見るからに気落ちした姿に、アルヴィスは困ったように笑った。


「殿下、貴方様はやはり変ですよ。側近に謝り、政敵の息子を心配する。友人でもない、しかも伯爵の次男でなんの力もない僕なんて、苦しもうが死のうがどうでもいいでしょうに」


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