第2話 侍女の説得
「協力の契約? なんでわざわざ。アンタが対価を払わなくても、元々手伝うことにはなっていただろ?」
ローランは怪訝な面持ちで尋ねる。
策というものは、少ない労力で最大限の効果を得られるのが良いとされている。
脅して協力をさせようとしたベルカントのやり方は、策としては悪くない。
それなのに契約をし直そうとするのだから、なにか理由があるのではないか。ローランは、そう考えたのだろう。
「別に変じゃないでしょ。物を買ったり、何かを依頼したら普通は、お金やそれに見合う何かを渡すよね。それと同じだよ。脅されて、じゃなくて前向きに協力してほしいんだ」
アリアは、にかっと明るく笑う。屈託のない笑みにローランは目を丸くして、顔をほころばせた。
「へぇ驚いた。おんなじ顔してるけど、アンタはあの腹黒王子とは違うみたいだね」
「腹黒、って、兄様のこと?」
アリアが首をかしげて、ローランは当てつけのように深いため息を吐き出した。
「アイツ以外に誰がいるのさ。人の弱みを握って脅して。しかも、医者なんて大勢いるのに、ベルカントは他国出身のアタシを選んだ。身寄りもないし、後腐れもない、すぐに消せるアタシをね」
「うーん、さすがに考えすぎじゃないかな。兄様は優しいよ?」
「そう思うのは、一部分しか見てないからじゃないのかい? ま、アイツの心根が優しかろうが腹黒だろうが、そんなの興味ないけどね」
ローランは心底どうでもよさそうな顔で髪をかき上げて、アリアは、むぅと口を尖らせた。
――誰も彼も皆、兄様を誤解している。
「ああ、そうそうアリア。契約の結び直しの件だったね。願ったりかなったりだ。のったよ」
「本当⁉ ありがとうローラン、これからよろしくね!」
アリアは手を差し出して、楽しげに笑う。
ローランはアリアの手を強く握り、自信に満ちた笑顔を見せた。
「アタシは医療大国のサウス王国出身。きっとアンタの役にたつよ。さぁて、話もまとまったことだし、アタシは色男の様子でも見てくるかね」
「アルヴィスのところに行くなら、私も行……」
「いや、アンタはまず顔を戻しておきな。腹黒王子は、そんな顔しない」
部屋を出るローランにぴしゃりと言い放たれて、アリアは呆然と立ちつくす。
「そんな顔、ってどんな顔……」
他人と話せば話すほど、アリアは兄の姿がよくわからなくなる。
兄を『嫌い』と話したアルヴィスに、憎しみのこもった瞳を向けてくるテナー。そして、兄をわずらわしく思っていそうな王妃フェローチェに、腹黒だと話すローラン。
自分が見てきた兄の姿と違いすぎる。
アリアは、鏡にうつる自分を見つめて静かに呟く。
「兄様、どこに行っちゃったの? 会いたいよ……」
兄によく似た自分の顔の、兄とは異なる不安げな表情。
確かにこんな顔は、兄様のする顔じゃない。と、アリアは両頬を強く叩いた。
――女々しい顔なんてしていちゃダメだ。兄様はいつも凛々しくて冷静で、優しくて堂々としている。
バレないようにふるまわなければと、アリアは強くこぶしを握りしめた。
「ベルカント王子殿下。いまよろしいですか」
「レミィか、大丈夫だよ」
部屋にノックの音が響き、レミィが訪室した。
眉間に深いしわが刻まれており、見るからに息巻いている。
「アリア様。やはりもう代役なんて止めましょう。一日目なのに、毒を盛られたんですよ。危険すぎます!」
「止めないよ。さっきの王妃殿下の様子からすると、毒殺するつもりはなかったんだと思う。不幸な偶然が重なったとしか思えないんだ。原産国のジュピト帝国でも、薔薇と間違えて使う事例が多数存在するくらいだし」
「お人好しも大概になさってください!」
レミィは声を荒らげて、アリアを強く睨みつける。これまでとは違う勢いに、アリアはビクリと身体を震わせた。
「アリア様、よくお聞きください。ベルカント王子殿下はこの春、貴族学園を卒業され、城にお戻りになられました。卒業後から、立太子宣言を控えているいまの時期が、最も危険です。誰かが王子を毒殺しようとしたとしか考えられませんよ!」
レミィの言うことはもっともだった。
ベルカントはこれまで、全寮制の学園という閉ざされて守られた空間にいた。
そのため、王子を害したくても手出しができなかった者もいただろう。
そして、次の春に予定される立太子宣言の儀を済ませれば、王子ベルカントが次代の王となることが確定してしまう。
それを防ぎたい王弟派が動くことも、容易に想像がついた。
毒殺目的としか考えられない。そう強く言い放ったレミィに、アリアはゆったりと首を横に振る。
「ううん。絶対に本気じゃない。殺す気なら、アイスティーで出すもの」
「はい?」
困惑するレミィに、アリアはまるで授業をする教師のように語りだした。
「ジュピトローズの毒は、熱に弱いの。もし、水で抽出した紅茶で出されたら、死亡率は80%まで上がってた。けど、熱を加えるだけで毒性は半減する。わざわざ、助かる可能性が高い方法で毒を盛ったりしないでしょ?」
ね? と、にこやかにかわそうとするアリアに、レミィはむっと口を曲げた。
「故意であろうと偶然であろうと、毒を盛られた事実は消えません。王子殿下の代役が危険なことに、変わりはないのですよ」
「危険だったら、なおさら私がやる。兄様に毒なんて盛らせない」
くもりのない真っ直ぐな空色の瞳に、レミィは口元を曲げる。
頑固なのは長い付き合いで知っていたが、ここまで強情で意見を聞き入れようとしないとは思わなかったのだろう。
「アリア様はなぜ、そうまでして王子殿下に尽くそうとするのですか。私には理解ができません」