アッシュとの契約
それから程無く作戦会議を終え束の間の休息の時間。ウミネコと共に書類整理を行っていたスターリアの元にアッシュがやってくる。
「団長~。取り敢えず言われた通りうちの部隊が先行させたけど、もしかしたら敵さんが居るかも知れないんだろー?うちとヴォルフの部隊の奴ら隠密は得意だけど、こんなだだっ広い丘じゃ役に立たないよ?俺も行ったほーが良いんじゃないー?」
「いや、アッシュには別にやって欲しいことがあるんだ。ウミネコ、例の資料を。」
「はい。アッシュ、貴方が入手した情報を精査し、西帝国軍の布陣を予想しました。その結果、西帝国軍にあの『狐』が紛れ込んでいる可能性が高いと踏んだのです。貴方には『狐』の対処を任せたい。」
「えー?あいつまだ生きてたの?あー…確か弱っちい癖にこそこそ逃げるのは得意だったな…へぇ、西帝国に落ち延びてたんだ。」
アッシュの目が暗く光る。
同じ組織に身を置き、同門の兄弟子ではあるが、その技術はアッシュに遠く及ばず、こそこそと逃げ延びていたと知るとアッシュは一拍置き頷いた。
「分かった、狐狩りは任せて?団長、日が暮れたら俺は動くけど構わないよね?」
「アッシュに一任する。励めよ。」
「………!うん!じゃあちょっと仮眠してくるよ。じゃあね~!」
「団長、宜しかったのですか?アッシュはうちの最大戦力の一人です。もしもの時の備えに彼の力は必要なのでは?」
「いや、アッシュの入団時の契約事項に含まれている。何ら問題ない。」
「そういえばアッシュは私より入団が早かったですね。興味あります、話して頂けますか?」
「良いだろう。」
スターリアはアッシュとの出会いを思い出していた。
あれは三年前の話だ…とスターリアは語り出す。
当時スターリア傭兵団は旗揚げして半年。隊長格で居たのはガンズ、ロストマン、マナのスターシャ神聖王国組と早々に合流したヴォルフ、クラリスのザンバニア組、そして盗賊テルノと言った面々であった。
当時盗賊団を解散し、合流したテルノと盗賊団の生き残りを組織の命により刺客が襲ってきた。
次々と盗賊団の下っ端は狙われ被害は深刻だった。
それに対抗するため常に三人組態勢を是とし、緊急用の爆竹を配備し即座に連携出来る様に手を打つも組織の牙はスターリア傭兵団に向いた。
返り討ちに成功し旅を続けるも被害を重く見た組織はエース級の投入を決意。
立ちはだかったのは〈神速〉のアッシュだった。
アッシュは初めからスターリア狙いだった。
当時軽鎧に仮面を被り、長剣を携え男装していたスターリアは護衛のクラリス、マナと共に深夜に水場で旅の疲れを流そうとしていた。
その情報を掴んだアッシュが現れた。
彼は初めて見る女の裸に動揺し、精細さを搔きスターリアとクラリス、マナに捕らえられる。アッシュはかなり動揺した筈だ、何せスターリアは男だと組織から聞かされていたのだから。
最初はそのまま処刑しようと言う意見が多かった。しかしアッシュの有能さ、そして彼がまだ幼い少年で組織に利用されていたのだと知ったスターリアは組織の壊滅を決意し、アッシュと交渉した。
初めは疑心暗鬼だったアッシュも一人、また一人と組織の人間が散っていくのを見ていく内に次第と心を開き、最後にはふらりと居なくなったかと思うと突然現れて組織の首魁の首を自ら捕って来た。
そしてアッシュは入団を決意した。
その時の交渉で
「私は君の能力を買っている。私の剣になってくれないか?」と伝えると直ぐに首を縦に振ったとスターリアは伝えた。
ここまで話し終えるとウミネコは終始ニコニコしていた顔を真顔に戻すと、
「完全に落としに掛かってるじゃん」とボソリと呟いたがスターリアの耳には届かなかった。
何人か捕り逃した組織の者が居るがそのうちの一人が件の〈狐〉である。
残りは梟、狼、猫、狐の四人だ。それらを倒した先、アッシュは団に残っているかは分からない…とスターリアが言うと、
「いや、それはないです。アッシュは団長が結婚するか死ぬまで団に残りますよ。これは予測ではなく明言です。アッシュの団長に対する気持ちはそんなモノじゃないですよ?」
「そうか?まぁ、それなら嬉しいのだが…さてそろそろ私も仮眠を取ろう。ウミネコ、クラリス隊とマナ隊を頼んだ。」
ウミネコはクラリス隊、マナ隊と共に二日後に行進する。それまでの纏め役をウミネコに任せていた。
「団長、おやすみなさい。今回も御武運を祈ってますよ。」
「あぁ、ありがとう。」
スターリアは天幕へと戻り、行軍に備え仮眠を行った。