最終話──アステル──
※サブタイトルを間違えておりました。大変申し訳ありません。修正いたします。
式当日。
子爵家の所有する教会の待合室で、ウェディングドレスを着た私の胸の中で父は泣いていた。もちろん、嬉しくて泣いているのではない。
「マイナ、すまない······私が、私が不甲斐ないばかりにこんな······」
「お父さん、泣かないで。もう覚悟は出来てるから。これで良かったのよ」
「良いわけあるもんか!わ、私は······」
「おやおや、嬉し過ぎて号泣だねえ」
私達に嫌味ったらしい声を、ドアに寄りかかって投げてくる男。スコッドだ。私の夫になる男。
「まあ、そうだろうねえ。君らの借金だって工面してやるし、栄えある我が家と親族になれるんだ。お父さんもさぞ鼻が高いでしょうな」
「あ、あんたっ······」
立ち上がり、今にも殴りかかりそうな父を止める。
「お父さん、よして」
「だが、だがマイナ······」
「いいの。それよりお父さんにお願いがあるの」
「なに······」
親不孝者かもしれない。でも私はこんな望まない結婚を父に見て欲しくはなかった。父の前で悲しみの涙を見せたくなかった。
父は躊躇いながらも、私の意思を尊重してくれた。
「いや~、折角の晴れ舞台を父親に見せないなんて田舎者の流儀は分からんねえ」
スコッドは下卑た笑いを浮かべていた。
そこへもう一人。邪悪な笑みを浮かべて入ってくる者があった。
「あら、良く似合ってるわよそのドレス」
「······ミーティア」
「ふふふ、今日のために私が注文してあげたのよ?どう?友達想いでしょマイナ」
「······」
綺麗なドレスだ。生まれて初めてこんな素敵なドレスを着た。
本当に、これ以上ないくらいに皮肉なミーティアからの贈り物だった。
クスクスと笑うミーティアの横でスコッドが舌なめずりした。
「くくく、冴えない血統の割にはなかなかサマになってるじゃないか。安心したまえよ。僕だって男だ。お前の家柄はともかく容姿は許容範囲だ。初夜はたっぷり可愛がってやる。それに生娘なんだ、やりがいがある」
「あらやだ、スコッドさんったらはしたない」
「なーに、愛人にはそれくらいしか価値が無いからね」
私は表向きはスコッドの正妻となるが、その実は奴隷のようになる。スコッドの性の捌け口にされ、命令された労働には何でも従わなければならない。
でも。
それでも、私の操で家族が守れるなら──
「でも馬鹿だよなこいつも。僕らの話を信じるなんて」
「え?」
我が耳を疑い、顔を上げるとスコッドとミーティアの歪な顔がそこにあった。
「お前の土地で見つかった魔鉱床、相当な規模らしいじゃないな」
「それこそあなたの家の借金の額なんてチャチなくらいに利益が出るくらい」
二人は代わる代わる言った。
「僕がなんの得も無くてお前みたいのと結婚するわけないじゃないか」
「私達の狙いは魔鉱床の利権。それだけよ」
「お前との結婚を皮切りに他の兄弟も僕らの一族が取り込んでいき、将来的にはお前の領地は全て僕らの物とする」
「縁談の度に借金の話を出せば断る事は出来ないでしょう。あなたの兄弟なんてあなたと同じく愚かでしょうからね」
「ああ、念のために言っとくが誰かに助けを求めても無駄だぞ。侯爵家が睨んでるからな」
「つまり、あなたはその身をただ売っただけ。その場しのぎのためだけにね」
「僕のコレクションになれただけでも感謝したまえよ」
「············」
この身を捧げ、人生さえ差し出しても、この人達には物足りないのだろうか。
最初からこうするつもりだったのか。それともミーティアの怒りがここまで私を苦しめるのか。
もう、何も分からない。
一つだけ言える事は、私には最悪な未来しか待っていないということ。
きっと私が守ろうとした家族もこの人達に食い潰される。
私に残されたものは······。
『マイナ······』
「さて、そろそろ時間だ」
「ふふ、マイナ。あなたの晴れ姿を近くで見届けてあげる」
私はスコッドと連れ添って部屋を出た。
もう頭がぼんやりして何も考えられない。
虚ろな意識の中分かるのは、子爵家の親戚の貴族が何人も来ていること、そのほとんどが私に侮蔑の眼差しを向けていること、神父様の前に立ちいよいよ愛の言葉がやってきたこと。
何もかもが空虚だった。
やっと我に返ったのは神父様の声でだった。若い神父様だった。
「マイナ・ユーラスデア」
私は顔を上げた。
「貴女はこの男性との愛を永遠に誓いますか?」
「······」
言葉に意味なんてない。
でも言いたくない。
こんな、こんな愛の誓いなんて。
でも、もう······。
「············誓い──」
──バダアーンッ!──
何か音がした。すごい大きな音だった。そして何故か懐かしいような乱暴な音。
思わず音のした方を見た。
「─────え?」
蹴破られた教会の扉。めちゃくちゃに壊されていた。そしてギョッとざわつく参列者達。
入り口に。一人の男性が立っていた。
「な、なんだ貴様!」
「この無礼者!」
衛士達が掴みかかるのを──
「どけ」
の一言で一蹴して、何をどうやったのか──
「わああああ?!」
「のわあああ?!」
吹っ飛ばす人物。衛士達は壁に叩きつけられて気を失っていった。
いつものように、庶民の服を身に纏い──
「な、なんと乱暴な!」
「この狂人め!」
「何をボサっとしとる!こやつを捕らえろ!」
ほとんどの貴族にすら気づかれないその人は──
「邪魔だ」
剣を構えたナイトにも全く怯まず──
「ぐえっ!」
「がはっ!」
素手で軽々と昏倒させてしまい、ゆっくりとバージンロードの真ん中を堂々と歩いて来る。
「ひ、ひいいいい!?」
「ば、化け物だああー!!」
その身からほとばしる凄まじい覇気に、会場の人間は次々に逃げ出していった。
ガランとした教会に残ったのは口をあんぐりと開けているミーティアと、ガタガタ震えるスコッドに、壁際に下がって控えている神父様。
そして、未だに目の前のその人物が幻のように見えている私。
「な、なぜ貴方がここに······」
ミーティアが喘ぐように言う。
震えていたスコッドは
「な、なんだ君は!?こ、こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
と、まだ正体に気付いていないようだった。
「ぼ、僕を誰だと思っている!?ヴェレネーノ子爵家次期当主のスコッドだぞ!」
「知らんな、そんな小物」
その覇気を滲ませた人物はすぐ目の前にまで来た。
「お前がどこの誰かなんて興味はない」
「へ······」
「だが──」
次の瞬間、ビリリと教会中を震わせるほどの闘気がほとばしった。
「俺の大切な女性を悲しませる奴は誰だろうと許さん!!」
──バギイィ!!──
「ぎょえええぇ!?」
骨が砕かれるような音と共にスコッドの体が舞い上がり、くるくる回りながらベンチに突っ込んだ。
ベキッという木の折れた音──だけじゃないかもしれない音がした。
「······」
「ア、アステル殿下!」
ミーティアが立ち上がる。
「な、なぜここに?!い、一体なぜっ······」
しどろもどろになるミーティアにその人──紛うことなき暴君、アステル殿下は静かに言った。
「俺がここに来た理由は三つの目的があるからだ」
「え?」
「一つはこのふざけた茶番劇をぶち壊すこと」
そして二つ──と言ってアステル殿下は氷のように冷たい目でミーティアを見下ろして言った。
「ミーティア・メド・ポワゾール。お前との縁談を直接断りに来た」
「······はえ?」
「後で正式に通達する。分かったら二度と俺の前に現れるな」
「へ······え·········?」
ミーティアは呆然とその場に立ち尽くした。
しかし、その顔にみるみる怒りの情が沸いてきて、その矛先は私へと向けられた。
「あ、あんた······」
「······」
「あんたのせいだっ、お前のせいでっ······!」
「っ!」
ミーティアが手をかざす。魔方陣が現れ、火の玉が私に飛んできた。
「死ねえええええ!!」
目をつむろうとしたその瞬間。
「この愚か者が!!」
というアステル殿下の怒声と共にどこからともなく水の大蛇が現れ、怒濤の水流になると火の玉を飲み込み、そのままミーティアの体をさらった。
「ギャアアアアアアアア!!」
教会の外に押し流され、どこへともなくミーティアは流されていった。
「哀れな女だ。どこまでも醜悪で救い用のない······」
そう言って大きくため息をついたアステル殿下はゆっくりと私の方へと振り向いた。
「······」
「アステル殿下······」
夢や幻じゃないだろうか。目の前のアステル殿下も、今しがた起こった怒濤の出来事も。
そんな私の不安をアステル殿下の大きな手の温もりがかき消してくれた。
「マイナ、ごめん遅くなって」
「アステル······様?」
「昨日、君が去ってから俺は考えた。いや、考えてしまったんだ。考えるまでもなかった事を」
そう言ってから優しいマカライトの瞳を私に微笑みかけてくれた。
「身分の差や俺の立場なんてどうでもいい。俺は俺の素直な気持ちを君に伝えたい。君という二つの顔を持った女性に何もかも奪われてしまったよ。だから、ここに来た本当の目的を今果たしたい」
「本当の目的?」
アステル殿下はニコリと笑うと、その場に跪いて両手で私の手を包んだ。
「マイナ。どうか僕と結婚してください」
「え······」
「君を愛してます。心の底から。僕には君しか居ません」
そして、懐から小さな箱を取り出して中に入っていた深紅の宝石をあしらった指輪を手に取った。
「これからどうなるかは分からない。でも一つだけ約束出来る事がある」
そう言いながらアステル殿下は私の指に指輪をそっとはめた。
すくっと立ち上がり殿下が真っ直ぐ私を見た。
「例え何があろうと、どんな事があろうと、俺が君を守る。君を悲しませたり傷つけるような奴がいたら俺が許さない」
「······」
ただの一時の儚い夢で良かった。
辛い闇の中で輝く一番星のようなそんな物で良かった。
でも、でも。
もう、こんな事を言われてしまったら──
「本当に······私なんかでいいんですか?」
「なんかなんて言わないでくれ」
「私みたいな冴えない女でもいいんですか?」
「君ほど素敵な女性はいない」
もういい。
余計な事は考えたくない。
私も、私の素直な気持ちを──伝えたい。
「アステル様······」
「······」
「私も貴方の事が好きです」
「······」
「愛してます」
「!」
「だからどうか──」
私はアステル殿下の大きな手を包んだ。
「私の事離さないでくださいね。愛しの暴君様」
「ああ!もちろんだ······!神父!」
ずっと側で控えていた神父様がすっと近寄る。
「アステル・リコス・ボウルグング。貴方はこの女性を永遠に愛すと誓いますか?」
「誓う!」
「マイナ・ユーラスデア。貴女はこの男性を永遠に愛すと誓いますか?」
「誓います」
「では、愛の証明に二人のキスを神に捧げてください」
初めての口づけは心と体が溶けてしまいそうなくらい幸せなものだった。
教会を出て、私はアステルの胸の中で彼の力強い鼓動に耳を澄ませていた。
「マイナ。これから忙しくなるぞ」
「はい」
「まずは親父と母上に報告だ。反対とか文句を言うようなら親だろうとぶっ飛ばす」
「それはダメです」
「むぐっ······なら、なるべく、出来る限り、話し合いで黙らせる。そしたらその後は結婚式の手配だ」
「今もう済みましたよ?」
「もう一度やるんだ。今度は俺から君にドレスを送る。そして最初から最後まで君にとって最高の式にするんだ。今までの苦しみも、今日の事も、全てが消えてしまうような一等星の輝きのような素晴らしい式に」
「まあ」
「それに」
「それに?」
「君のご両親と兄弟も呼んで、喜んでもらえるような式にしたい。これから家族になるのだから」
「きっとみんな喜びます」
「ああ、そうしよう。絶対に。他にもやらねばならないことはあるが······まずは城に戻ろう」
すぐ近くに一体のドラゴンが待っていた。騎乗用のドラゴンらしく、轡と鐙がつけられていた。
「こいつに乗って来たんだ。すぐに乗れて、速いのがこいつだけだったんでね」
「小さなドラゴンですね。でもちょっと可愛い」
「縁があるな。こいつはあの時一緒に見たドラゴンダービーの時のドラゴンだぞ」
「えっ!そうなんですか?」
「ああ、君との思い出深いドラゴンだしな。オーナーに無理言って貸してもらったんだ」
「まあ。乱暴な事はしてませんよね?」
「う······」
「アステル様ー?」
「も、もちろんだ。少し絞めあげかけたくらいで······」
「もうっ」
ドラゴンに乗り、二人で空の中で風を切る。
「それにしてもあの神父さん度胸ありますよね。ずっと平然としてました」
「ああ、あいつはレオだからな。まあ俺の暴走には慣れてる」
「え!?あの人がレオなんですか!?」
「ははは、そんなに驚く事か?あいつがここの場所と日時を手紙にして置いてってくれたんだ。その指輪も一緒にね」
「い、意外すぎて······そう言えばこの指輪もなんだかとっても高価な物のような」
「ああ、インペリアルルージュだからな。質は保証するよ」
「!!?それって代々の妃にしか着ける事を許されない皇族の至宝じゃないですか?!」
「なら問題ないじゃないか。マイナは俺の妻なんだから」
「あ、そっか······」
「ふふ······」
「えへへ······」
まさかこんな日が来るなんて思わなかった。
こんなに愛しい時間が。
私の暴君は世界で一番優しい暴君様です。
────おしまい────
お疲れ様でした。ここまで読んで頂き本当にありがとうございます。
よろしければ最後に評価を付けて頂ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。