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④──ばったりと──


──朝──


「んん~······ふうっ」


今日は一週間に一度の休日だ。

お布団を窓に掛けて干し、パンとチーズにレタスの簡単な朝食を取った。

その後、顔を洗ったりして身支度を整える。


どこかに遊びに行く訳ではない。

少しでも家に仕送りしたいし、贅沢は出来ない。


だから今日も唯一の楽しみの食糧の買い出しだ。散歩とウインドウショッピングも兼ねているから楽しくてリフレッシュ出来る。



「さてさて」


服を着替えて外へと出る。どこから見ても町娘風の格好だ。たまには可愛いドレスとかでお洒落なんかしたいけど、我慢しなきゃだ。


それに私なんか着飾ったところで······


「いけない、いけない」


最近、悪口を言われ過ぎて少し卑屈になりがちだ。良くない。もっと明るくて前向きな事考えなきゃ。


私にはお金は無いかもしれないけど、毎日を真っ当に慎ましく暮らしている自負がある。安くてお腹一杯になれる料理を作る工夫とか、ささやかな家庭菜園とかで頑張ってる。

こんなに頑張ってる私には何か良い事あるはずだっ。


「よしっ」



せっかくだし今日は少し遠くに足を伸ばしてみようか。町の中心地にある定期市なんか良いかもしれない。

アステル殿下とのお出かけの際には良く立ち寄る場所だけれど普段は仕事中だし、あの暴君の一挙一動に目を見張ってなければならないので自分が楽しむ余裕なんて無い。


だから今日はのんびりと見て回ろうかな。


歩いて一時間近く。市場に着いた。今日も盛況でワイワイと沢山の人で溢れている。



「色々あるなぁ」


立ち並ぶ露店に珍しい品の数々。異国の陶磁器から魔法道具、珍しいモンスターの角とか羽。

私の胴程あるハムが鎮座したり、南国のカラフルなフルーツ達が店先に輪舞していたり。


ほとんどの品は私には縁の無い物ばかりだけど、こうやって見て回るだけでも楽しい。


私の狙い目は農村から出向してきているパン屋だ。田舎パンは固いし雑味が強めだけど大きくて安いからお腹一杯に食べられる。これをいくつか買って飢えをしのごう。

優しそうなお爺さんがパンをボンボンと並べていたので声をかける。


「すみません。こちらの丸パンをふたつください」

「はいはい」

「あと、このバターもお願いします」

「はいよ。お嬢さん可愛いね。このハチミツジュースはサービスだ、飲んでおくれ」

「わぁ、良いんですか?ありがとうございます」


すごく親切で気前の良いお爺さんからありがたい貰い物。久々の甘味だ。味わって飲まなきゃ。

買ったパンとバターを抱えて市場の通りを歩きながらハチミツジュースをコクコクとやる。


今日は良い事あった。久しぶりに人の温かさと甘い幸せに触れられた感じ。もっと良い事あるかも──


そんな時だった。


後ろから馬のいななきと馬車のガタガタした音がしたので横に避けたら、その馬車がすぐ隣に止まった。


直感的に嫌な予感がしたら的中してしまった。



「あら、あなた」


幸せな気持ちにバシャリと冷水をひっかけられたような気持ち。ミーティアの声だ。


「あらあら、まあまあ、やっぱりユーラスデアさんねぇ」

「ミ、ミーティア······さん」

「あなたが居る事にすぐ気づいたわ。どうりで──」


窓から顔をわざわざ突き出したミーティアは、センスを口元に当てて笑った。


「臭いと思ったのよねえ。でも、こういう薄汚い庶民の群れの中ならあなたのそのみすぼらしさも誤魔化せるのかしら?」

「······」

「あら?その胸に抱えている物はなあに?」

「······パンです」

「まあっ、パン?」


ミーティアはわざとらしく驚いて目を丸めた。


「おかしいわね、こんな所でパンなんて売ってるはずないのに。あ、もしかして農村とかにあるあの泥の塊のこと?嫌だわ~、あれはパンじゃなくてゴミクズって言うのよ。食べ物じゃないわ。あっ、ごめんなさい。泥とかゴミがあなたの主食だったわねえ。フフフ」

「っ······」


もう聞きたくない。踵を返して早足で歩いた。

背中に届くミーティアの嘲笑に耳を塞ぎたくなるのを堪えて。



「······っ······」


ああ、嫌だなあ······。


今日は良い事あったのにそれを忘れてしまうくらい嫌な事があった。


これからずっとこうなのかな。私には何も無くて、ただバカにされるだけの毎日を一生懸命に生きなくちゃいけないのかな。

そんな人生がこの先ずっと続くのかな。



もう嫌。


逃げたい。こんな現実から。


こんな辛い所から逃げたい。こんな辛いだけの日々から、人生から───



──ドンッ──



「きゃっ!」



曲がり角を曲がろうとしたら何かに、いや、誰かにぶつかった。

うつむいて早歩きだったのが良くなかった。思いっきりぶつかっちゃった。その拍子で私の手荷物は全部地面に落ちてしまった。


いや、そんな自分の事よりも相手に謝らなくては。今のは完全に私の不注意だから──




「す、すみません。よそ見していたもの······で······?」

「··················」

「············え?」


私はぶつかった相手を見た。いや、見上げた。背の高い人。男性。それも私の良く知る人。


美しいマカライトグリーンの瞳は神秘的で、一度見たら忘れられない。普段は鋭い光を灯したその目を。



そう。私がぶつかった相手はあろうことか我が君アステル殿下だった。



「あ······ぁあ······」


心臓が止まりそう。頭は真っ白だ。顔はきっと真っ青だ。そして目の前は真っ暗だ。


あの、沸点が人肌くらいで口よりも拳の方が雄弁で主張の強い暴君に、私は堂々と正面衝突したのだ。


おまけに、良く見てみると殿下のシャツに私の持っていたジュースがビッチャリとかかっていた。




終わった······



二秒後くらいには条件反射でぶっ飛ばされるだろう。私のような小娘ではとても耐えられない。きっとここで人生終了だ。



今日は良い日どころか命日だった······




「···············?」



ところが、何も起きない。


こちらも覚悟を決めてぐっと目をつむって待ち構えていたのに鉄拳が飛んでこない。それどころか怒鳴られもしない。



目を開けて恐る恐る顔を上げてみると、そこには予想外な殿下の表情があった。



「······?」



驚いたように目をまん丸にして、呆けた顔の殿下がいた。



良くは分からないけどキレてない。とにかく命乞いだ!


「す、すす、すみませんでした!あ、あのっ!本当に申し訳ありません!」


私はこの人の性格を良く知っている。

この人は暴君ではあるが暗君ではない。キレやすくて暴力的なだけであって、悪意や邪心は無いお方だ。

必死に命乞いすれば許してくれる情の深い人だ。のはずだっ。きっと!

多分······。


「すみませんでした!どうか許して下さい!私の不注意のせいです!この通りお詫びいたします!ごめんなさい!」


祈るようにして頭を下げて殿下の返事を待つ。

しかし、殿下からの反応はなく、何も言われない。

またびくびくしながら様子を伺ってみると、殿下の様子が変だった。

何故か穴の空く程私の顔を見つめて、そのまま息をするのも忘れたかのように固まっている。



「あ、あの······」


どうしたんだろう。

怒りのあまり思考がショートしてしまったのだろうか。


とにかく、状況は分からないけど今なら逃げられる!



「で、では私はこれで······ほ、本当にすみませんでした」

「·············は!?」



よし。このまま回れ右。さあ、後は早々に引き上げるだけ──



──ガシッ──



去ろうとしたところで腕を捕まれた。




終わった。逃げられなかった。ボコボコにされる。


と、絶望しかけていた私の耳に入ったのは


「ま、待てっ······あっ、いや、待ってくれ!」


という今まで殿下の口から聞いた事の無いような殿下の声だった。


その声というか言葉の感じが私の知る殿下のものではなかったので、私も思わず振り向いてしまった。

そしてまた驚いた。そこにあった殿下の表情。それもまた今まで見た事のないものだった。


いつもの尊大な雰囲気が消え、鋭く相手を射すくめる眼光が失せて、まるで純粋な少年のように目をキラキラと輝かせているではないか。



「あ、いや、えっと······き、君っ」

「は、はい」

「そ、その、怪我は無いかい?」

「へ?怪我?」

「い、いや。今ぶつかってしまったから······その、痛くなかったかい?」

「へ·········?」



あれ?この人どなた?


「い、いえ。私は大丈夫です」

「そうか、良かった······本当にすまなかった」

「······」


強いて言うなら掴まれている腕が痛いです。


「······あっ!」


私の視線に気づいたのか、殿下が慌てて手を離した。


「す、すまない!」

「い、いえ。大丈夫です」

「あ、荷物が······」


アステル殿下は地面に落ちていた私の買い物袋わ拾うと土を丁寧に落として渡してくれた。


「すまない、俺のせいで。何か中身が壊れたりしてないかい?」

「は、はい。中身はパンくらいですし」

「そうか······」


再び呆けた顔をするアステル殿下。

と言うかこの人本当にアステル殿下なのだろうか?

私の知る殿下と雰囲気も態度もあまりにかけ離れているのだけれど。

ともあれ長居は無用だ。早く引き上げよう。


「で、では。失礼します。大変お騒がせいたしました」

「!ま、待ってくれ!」


──ガシッ──


痛いです。


「あっ!す、すまない、つい······」


と、アステル殿下は掴んだ腕を慌てて離した。


「本当にごめん。いきなり女性の腕を掴むなんて不躾極まりなかった······どうか許してもらえないだろうか······」

「だ、大丈夫です」


シュンっとなってうなだれ、緊張に目を伏せるこの人があのアステル殿下?いや、そんな訳ない。うん、この人はアステル殿下じゃない。そう、そっくりさんだ。第一お付きのサテライトが居ないじゃないか。


そうと分かれば少し冷静になってきたぞ。




「私こそすみませんでした。あの、シャツもそんなにしてしまって」

「え?シャツ?あ、本当だ。いつの間にか濡れて······」

「私がジュースをかけてしまったみたいで。ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。それより、せっかくの飲み物を台無しにしてしまった。良かったら弁償させてくれないかい?」

「いえいえ。ご厚意だけで結構ですので······では、私はこれで」


背を向けたら「あ······」という悲しげな声が聞こえたけど今度は腕を掴まれる事なく私は今度こそその場から離れる事が出来た。


それにしてもアステル殿下のそっくりさんか。

殿下もこのくらい親切でいてくれたら良いのに。そしたら本当に素敵なんだけどな。


そんな不敬な感想を抱いていた私の背に


「き、君っ!」


という上ずった声がかかった。


振り返ってみると殿下のそっくりさんが必死な感じで私の方を見つめていた。


「き、君·····名前は?」

「え?私の名前?」

「ああ!その······ぜひ教えてくれないか?」


なんでそんな捨てられた子犬みたいな目でそんな事聞くんですか?


「······マイナ。マイナです」


私も私で、そんなアステル殿下のそっくりさんの顔を見ていたらつい名乗ってしまった。



「マイナ······マイナかっ······」


そっくりさんは何故か嬉しそうに私の名を呟いてグッと拳を握っていた。

そしてパッと明るい顔を上げた。


「マ、マイナっ。君は良くここに来るのかい?」

「へ?え、ええ。まあ······」

「そうか······!あのっ、俺も良く来るんだ、ここに!いつもこの辺を歩いてるから!」

「はあ······」


唐突な謎の散歩コース発言。

そして私にどうしろと?


「だ、だからその······ま、またっ」

「はあ。また······」


私も気のない返事をするしか無く、今度こそ止められる事なくその場を後にした。


少し歩いて振り返ってみると、アステル殿下のそっくりさんはまだこちらを見送っていた。



「······変な人」


でも紳士的で好意的な人だった。それにあのアステル殿下のそっくりさんなのだ。

優しかったし、ちょつぴりカッコ良かった。

つくづくアステル殿下も普段からあんな感じなら良いのになぁ、と思ってしまった。



「······ちょっとカッコ良かったなぁ」



なんだか少しだけ良い気分。



今日は良く眠れそう。



次話に続きます。引き続きお楽しみください。

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