③──日常と苦しみ──
──翌日──
「リブラ、少しカードに付き合え」
「かしこまりました」
今日はお出かけせずに、暇をもて余した殿下とカードに興じる事となった。
私が担当する時間帯は昼から夕方までで、アステル殿下が最も活動的でプライベートな時間なのだ。ミーティアいわく『アステル殿下に最もお近づきになれる時間帯』だそうだが、私から言わせれば『アステル殿下に殺される可能性が一番高い時間帯』だ。
だけど、私がこういう時間帯の担当になっているのもミーティアからしてみれば面白くないのだろう。
そりゃあ見た目だけなら絵本の王子様だし、未来の絶対皇帝なのだ。貴族令嬢が狙わないはずがない。
サテライトの人間の多数が身分の高い貴族で構成されているのも、教養やコネ以外に思惑があるからだろう。
すなわち、アステル殿下に近づいて好みや趣味を探り、婚約争奪戦の時に役立てたり将来の腹心に選ばれやすくするためだ。
そう考えれば、この時間帯は確かにアステル殿下と最も親しくなれる時間帯ではあるので妬むのも分からなくはない。
「おい、リブラ」
「はい、何でしょう殿下」
「どうして大半のサテライト共は、ああもつまらんのだ?」
「と言いますと?」
「お前含め二、三人はマトモだが他の奴らはダメだ。俺が何しようと無駄なおべんちゃら並べ立てて賛同しかしない媚び売りバッタ共だ。特にヴィルゴやスコルピオにアクエリスはクソだ」
アステル殿下の言う『クソ』なヴィルゴ、スコルピオ、アクエリスは私のリブラと同じくコードネームで、他のサテライトの事だ。
ちなみにヴィルゴがミーティアでスコルピオとアクエリスが取り巻きの伯爵令嬢。
「俺が何しても素敵です、カッコいいです、さすがです、その通りです、しか言わん。つまらん事この上ない。おまけに手際は悪いし、融通は利かんし、気も利かん。しかも賭け事も弱いときた。ついでに陰口も多い。姿を隠してるがあれは女だな。それもどこぞの良家の高飛車女だ。ああいう醜悪な言動は見飽きている」
なかなかに鋭い。ちゃんと人の事見てる。
「リブラ、あの三人は女だろう?そんでもって貴族令嬢だろう?」
「私の口からはお答え出来ません」
「ふん、そういう決まりだったな。まあ、どうでもいい。それよりだ」
カードを切り終えたアステル殿下が私の方を見る。凄い目力だ。
「何を賭ける?」
「そうですね、私は殿下の望む物を何も持ち合わせておりませんので、また占いというのはどうでしょう?」
「よし。で、お前は勝ったら何を望む?」
「そうですね······私が勝ったら今日一日公務に勤しむと言うのはどうでしょう?」
「なんだそのクソみたいなベットは」
「大臣が嘆いておられましたので。そして説得するよう口酸っぱく言われましたので」
「まあ、良いだろう。が、あのハゲは後で殴る」
ごめんなさい大臣。
「さて、五本先取だ。パスは三回まで。良いな?」
「かしこまりました。いざ勝負です」
結果は四対五で私の負けだった。
「惜しかったな。顔が見えない分有利だとは言え、お前も駆け引きが分かってきたようだな」
「恐れいります。毎日殿下の技を横から盗み見てるからでしょうか」
「ふん。その調子でもっと腕を上げろ。さて、約束だ。占ってもらおうか。今日の晩飯のメニューだ」
「かしこまりました」
命令を受け、私は水晶を取り出してテーブルの上に置いて手をかざした。
「では······今日のアステル殿下の夕飯の献立を教えたまえ······むむむ」
私にはちょっとした能力がある。それがこれ、占いだ。古くはギフトと呼ばれる希な代物らしいのだが、私の能力はショボくて出来る事はただの占い。
一応、近い未来の事柄を当てられる未来予知のような力ではあるのだが正答率は八割かそんくらいだし、大局的で大々的な事は占えない。
せいぜい一週間後の天気とか、数日後の朝ご飯は何かとかそういうのしか分からない。
使い方は簡単で、水晶に向かって念を込めて知りたい事柄を声にして質問するか頭の中で問い掛ければ、水晶の中に答えの文字が浮かんでくるのだ。
今、目の前には今晩のアステル殿下の食事の献立が浮かび上がっている。
「出ました」
「言ってみろ」
「今日のお夕飯はカボチャパイ、ニシンの蒸し焼き、カニのクリーム煮込み、キノコのスパイスグリルにフルーツサラダ······」
「なにっ?!肉っ、肉はどうした?!」
「無いようです」
「おのれぇっ!あのクソコックめぇ!また病人食みたいなモンを作りおってぇ~!!」
「あくまで占いですし必ず当たるわけでは······」
「大体当たるだろうが!ええいっ、我慢ならん!今すぐメニューの変更だ!」
と言うや、殿下はバターンッとドアを蹴破って出て行ってしまった。
少しして、地響きと悲鳴が聞こえてきたので私は耳を塞いだ。
「私は悪くない、私は悪くない······」
ごめんなさいコック長さん。
数分後。肩をいからせた殿下がズンズンと戻ってきた。
「まったく!あの馬鹿は!な~にが殿下の健康のためです、だ!食いたくないモン食う方がよほど不健康だろうが!リブラっ!」
「は、はい。何でしょうか」
「もう一勝負しろ、ムシャクシャするっ」
「承知いたしました」
こういう時は逆らわない方が良い。
私と殿下は再びゲームに興じた。
「おい、リブラ」
粛々と駆け引きをしていた所で、アステル殿下が唐突にこんな事を聞いてきた。
「お前、ポワゾール令嬢という女を知ってるか?」
「え?」
毎日貴方のお世話をしていますよ。とは言えん。適当に答えねば。
「お会いしたことはありませんが、何度かお見かけしたことはあります」
「ふーん。どんな奴だ?」
「どう、と言われましても······」
あなたがクソだと言っていたヴィルゴですよ。とも言えまい。
「お綺麗な方でした。美人だと評判です」
とりあえず一般的な批評にとどめておくことにした。ありのままを話すとどうしても陰口みたくなってしまうから。
「血統も良く、スタイルも良いということです」
「ほーん。胸は大きいか?」
「······はい」
「そうか、それはそそるな」
皇族がしてはいけない下品な笑みでニヤニヤしてカードを切る殿下。
「ケツもでかけりゃ上も下も揉みごたえあるのだがな」
「······左様でございますか」
「どうだ、お前も女は肉付き良い方がそそるか?」
どうと言われましても私は女体に興味がありません。
「いえ、私は特に······」
「ふーん。お前やっぱ女だな」
「なんでですか」
「男ならこういう話で盛り上がるのが普通だからだ」
そうだったのか。これはミス。次からはおっぱいの話で盛り上がらなくては。
それにしても······やはりアステル殿下もミーティアのような女性が好みなのだろうか。
「殿下」
「ん?」
「やはり殿下もナイスバディな女性がお好みなのですか?」
「んー。まあ、そそるはそそる。が、それだけだな」
「と、言うと?」
「情欲の対象にはなりえても愛せるかは別の話だ。俺の好みって訳じゃない」
「そうなのですか」
男心は良く分からない。だけど意外だ。この人ならハーレム作って酒池肉林!とかやりたそうなものなのだが。
そう言えばアステル殿下の浮いた話とか色恋沙汰の話は聞いたことない。女遊びくらいはやっているだろうけど、誰かに熱を上げただの、恋しただのとかは聞かない。
それにしても──
「アステル殿下」
「なんだ」
「なぜミーティア嬢、ポワゾール令嬢の事をお聞きに?」
「ああ、実はそいつとの縁談の話が来ててな」
「そうですか······」
まあ、そうだろう。貴族の中でも有力なポワゾール家の長女で、しかも見た目だけなら文句無しの美人なのだ。本人がいつも豪語するように『アステル殿下に最も相応しいのは私よ!』なのだ。
「おめでたい話ですね」
「んな訳あるか」
私の社交辞令にギロリと返すアステル殿下。プッツンゲージ六割くらいだ。あっぶなっ。
「親父と母上が二人して口うるさくてウンザリだ。とにかく一度会ってくれだの今回は真剣に考えてくれだの泣きついてくるのだ。鬱陶しくて敵わん。好きでもないし、良く知らん女にわざわざ会わねばならんのだ。煩わしいことこの上ない」
「そうだったのですか」
「妻にする女くらい俺の好みの女にさせろという話だ」
「······殿下の好みとはどんな女性なのですか?」
「なんだ、気になるか?」
そうだな、と言って少し考える殿下。
「器量良しでおしとやかで聡明で鬱陶しくない女が良い。可憐で純情、愛くるしくて天女のような輝きを持った女。うん、天女のよう。これが重要だ」
私から尋ねといてアレだが、全くと言って良いほどピンッと来ないし、今時天女なんて例え方するのでますます想像出来ない。
まあ、要するに超絶美女だろう。
「なかなか難しそうですね」
と答えるしかなかった。
少しして交代の時間が来たので殿下に挨拶してから部屋を出た。
「結婚かぁ」
あの暴君の妻となる人なんてどんな人だろうか。同じく女帝のような凄まじい御仁だろうか。はたまた絶対服従の憐れな生け贄のような人間だろうか。
一つ言える事は、殿下とミーティアでは全く反りが合わないにも関わらず一番現実的で可能性が高い縁組であるということ。
そんな風に下を向きながらあれこれ考えていた時だった。
「遅かったじゃないドブネズミ」
投げ掛けられた声に顔を上げると、目の前に立ちはだかるようにして三人のサテライトが並んでいた。
ヴィルゴことミーティア。スコルピオことティオラ伯爵令嬢、アクエリスことリーラ伯爵令嬢。それぞれの仮面で分かる。
「随分長い間殿下の所に居たみたいねドブネズミ。こんな時間にこんな所ウロチョロしてたから炎魔法で消し飛ばす所だったわ」
仮面の上からでもニタニタした笑いが透けて見えるようなミーティアの言葉。
「ほんっと、図々しい。少しは自分の立場を自覚したらどうなのかしら」
「でもミーティアさん、ネズミというのはそういう図々しい生き物ではなくて?」
ズイッとティオラが前に出る。
「居てはいけない所に居座って厚かましくするのがネズミでしょう?」
「ええ、ティオラさんの言う通り」
今度はリーラが前に出た。
「でも私達は博愛主義ですもの。ネズミの生態についても理解してあげなくちゃ」
「まあ、二人共優しいのね」
真ん中のミーティアがオホホと笑う。
「薄汚い血が通った借金まみれの弱小領主の家の子でも、あんまり邪険にするのは良くないものねぇ」
「············」
この人達は何がしたいのだろう。
本来なら今の時間はアステル殿下の寝室のベッドメイキングをしてなければいけないはずだ。私に嫌味を言うためわざわざ待っていたのだろうか。
「それにしても、どうしてあなたみたいなのが殿下のお出かけのお供に選ばれているのか不思議だわ」
とティオラが言い、リーラが相槌を打つ。
「ええ、本当に。もしかして色目を使って殿下の事たぶらかしてるんじゃないの?」
「まあ!なんて下品なの?汚らわしい!貧しいと自分の体でも何でも簡単に差し出してしまうのね」
二人の伯爵令嬢がわざとらしく半身をのけ反らせた所で真ん中のミーティアが
「あら、お二人とも根拠の無い事を言うものじゃないわ」
と言った。もちろん、私への助け船ではないことは容易に想像出来た。
「ユーラスデアさんが殿下をたぶらかすなんて······出来る訳ないでしょう、こんなみすぼらしい田舎娘に」
「まあっ、そうでしたわね」
「おぼこい、冴えない、貧しいの三拍子ですもんねぇ」
「ごめんなさいユーラスデアさん、あなたのそのゴミみたいなステータスを考えてから物を言うべきだったわ」
「色気も無い、お金も無い、良いとこなしの女だものね」
「うふふ、負け犬の血筋の子。そりゃ領地も散々になるわ」
「そんなあなたに心奪われる男なんて居るわけないものね」
「オスのドブネズミなら寄ってくるかもだけどっ」
アハハハと三つの声が重なった。
「ほら、さっさとお行き。臭くて敵わないわ」
三人に足を引っ掛けられながら、私はその場から脱した。背中に届く嘲笑から逃げるようにして支度室へと入り、素早く着替えた。
裏門からこっそり出て家へと急ぐ。
家に着き、また豆と玉ねぎのスープとパンだけの食事を済ませて早々にベッドへと潜った。
枕を抱きしめて泣いた。辛くて泣いた。
暗闇の中からチクチクと心を突き刺す声が浮かんできて、涙が溢れた。
眠る前は嫌。今日あった嫌な事をどうしても思い出してしまうから。
「私だって······何か一つくらい·········楽しい······こと···············」
泣きつかれたところでようやく眠気が訪れた。
明日は何か素敵な事がありますように。
そう願った。
次話に続きます。引き続きお楽しみください。