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②──リブラ──

私の実家は遠く離れた片田舎にあり、領主をしている。貴族なんて大それたものではないが、一定の領地と領民を預かっている。


私はそんな家の末子として生まれた。兄が二人、姉が一人。ささやかだが幸せな家庭だった。


ところが一昨年に、大嵐とそれによって発生した洪水により領地は壊滅的な被害を受けてしまい、今でも深い傷痕が残っている。

元々裕福とは言い難かった我が家の財政では自力で復興するのは難しく、方々の貴族から借金してなんとかやりくりしている。それでも厳しいが······


そこに来て去年母が病に倒れた。災害復興のために休まず働いていたのが祟ったのだろう。しかもこの病は(タチ)の悪い病で、なかなか治らず薬も高価だ。これにより我が家はますます苦しくなった。


今は父と兄達が懸命に頑張ってくれているがこのままではみんな疲れ果てて倒れてしまうかもしれない。


そんな私達の境遇に同情したある貴族の方が私に今の仕事を紹介して推薦状まで書いて下さったのだ。

サテライトの仕事はかなりの高給だったので少しでも借金返済の足しになればと、私も厚意に甘えさせてもらった。


つまり私は借金まみれの領主の家の者で、この仕事と生活も同情によって恵んでもらったものなのだ。

うだつの上がらない日々を後ろめたく過ごしている。




そんな私からすると、何でもかんでも力で解決してしまい堂々とふんぞり返るアステル殿下は見ていて羨ましい。




ドラゴンダービーの会場に着くと、既に沢山の観衆によって熱狂の渦が逆巻いていた。

アステル殿下は出翔(しゅっしょう)表を睨みながらブツブツと何か呟いていた。


「やはりレッドエクリプスか。対抗はシャドウミラージュ。だがこいつらは体がデカすぎる。渓谷エリアで競りあったら大きく消耗する。となると、ファイバー系の竜が······ピンキーベア。こいつだ」


レースの予想にのめり込むアステル殿下。こういう真剣な表情はギャンブルの時にしか見れない。



そこそこの席も取れ、私とアステル殿下もレースの鑑賞に臨んだ。

私はドラゴンレースには詳しくないけど、レッドエクリプスとかいうドラゴンが一番人気らしい。体も能力も血統も全て一流だそうだ。


いよいよメインレースの時間となり、ドラゴン達が一斉に空へと飛翔した。



結果は大穴とされていたピンキーベアとかいう小さくて弱そうな雌のドラゴンが勝ち、会場は阿鼻叫喚の渦に晒されていた。




「ハーッハッハッハッ!!」


帰り道。我が君はめちゃくちゃ上機嫌で高笑いを上げていた。


「やはり来たか!あの狭い岸壁の間で競りあったら大きく消耗する。トップ同士で削りあったのが仇となって後半の伸びを欠いたな。そこへくると小柄なドラゴンは有利だ、おまけにノーマークだったしな。しかしあの低空飛行は見事だった。騎手には何か褒美をくれてやろう」

「的中お見事でございます」

「惜しい事をしたな、リブラ?俺の言う通り賭けていればお前も儲かったものを」



借金まみれの分際で賭け事にお金をつぎ込んだら私は本当のクズですよ。



「しかし、良く勝てましたねあのドラゴン。私はレースに詳しくはありませんが、あまり強そうには見えなかったのに」

「ふん。真の価値を見極める目こそ王たる者の器量よ」

「流石でございます」



帰り道に殿下は酒場に寄り、賭けに勝って得たお金で見ず知らずの人達にもお酒を振る舞い、夕食前なのにステーキを十人分ペロリとたいらげて帰路についた。



皇城に着いても殿下はご機嫌で何事もトラブルなく私の担当時間の終わりがやってきた。



「それでは殿下、失礼いたします」

「ああ、ご苦労」





今日もドタバタした一日が終わった。あの暴君の付き人なんて常に死と隣り合わせみたいなものだから疲れる。


でも、不思議と辛くはない。あの暴君ぶりは一週回って清々しさがあるくらいだし陰湿な所がこれっぽっちも無いからだろう。

疲れるは疲れるが充実した疲労感。




それよりもっと辛い事がある。

陰湿で悪意に満ちた存在が私を苦しめている。



長い廊下をあっちこっちに歩き、階段を上がったり下がったり。そしてサテライト用の支度室(ロッカールーム)にたどり着く。

誰も居ない事を願いながらドアを開ける。


しかし、私の祈りも虚しく、そこには一番会いたくない人物が待っていた。私が来るのを待ち構えていたのか、行く手を塞ぐようにして立っている。



「あら、遅かったわね物乞い娼婦さん?」

「······こんばんわ、ミーティア嬢」

「馴れ馴れしいわね。ポワゾール侯爵令嬢と呼びなさいな」

「······失礼いたしました。ポワゾール侯爵令嬢」

「何?その長ったらしい呼び方。煩わしいわね」



そう言ってニヤニヤと笑うのは、本人の紹介通りポワゾール侯爵家令嬢のミーティアだ。


私の三つ上で、背も高く抜群のプロポーションと美貌を持ち、有力貴族の中でも特に力の強いポワゾール侯爵家の令嬢。


だけど、その容姿と肩書きに反して内面は汚れきっていてコントラスト化している。

弱い者や自分より下の立場の人間をいびってはキャッキャッと喜び、他人の不幸で世界一美味しい紅茶を飲めるような人間なのだ。


そんな一流の容姿と肩書きに、濁流の心を持った令嬢に私は目を付けられている。



(わたくし)分かりませんのよ?なぜあなたのような小ネズミがサテライトになれたのか。何故アステル殿下にあれだけ目をかけて貰えているのか」

「······」

「なんとか言いなさいよ」

「すみません、私にも分からなくて······」

「あっそう。家柄が冴えないと頭も鈍くなるのね」

「······」



黙ってミーティアの横を通り過ぎようとしたら足を引っ掛けられた。分かっていたし避けられたかもしれないけど、ここで避けたりすればますます過激な嫌がらせをしてくる。


私はそのまま(つまず)いて、椅子に当たりながら倒れた。じんっと痛かった。



「あら、ごめんなさい」


上から嘲笑が浴びせられた。


「あなたの足下にウジ虫が()いていたから踏み潰そうとしたの。そしたらあなたが鈍臭いからこんなことに。フフフ」

「······いえ、大丈夫です」


帽子と仮面を外し、ローブを脱ぐとミーティアは大げさな仕草で鼻を摘まんで後退った。


「きゃあ!?何これっ酷い臭い!!まるでドブネズミが現れたかのような臭いだわ!おかしいわね皇城(ここ)にそんな薄汚い生き物は居ないはずなのに。ねえ?ユーラスデアさん?」

「······申し訳ありません」

「あら、何故あなたが謝るの?別にあなたの事を言った訳じゃないの。勘違いさせたかしら?」

「······」



クスクスと笑うミーティアの方をなるべく見ないようにしながら私は帰り支度を整えた。何があっても我慢だ。

こんな所で癇癪を起こしたところで私の力じゃミーティアには勝てないし、皇城で騒ぎを起こせば家族にも(るい)が及ぶかもしれない。

だから耐えなきゃ······



「あら、いけない。そろそろ時間だわ」


ニヤニヤ笑っていたミーティアは壁の時計の針を見てハッとした。


「ああ、待っていて下さいね愛しのアステル殿下。今貴方のミーティアが行きますから」


私と同じお仕着せに着替えてミーティアは慌ただしく出ていった。



「·········はぁ」



私もさっさと帰ろう。ミーティアだけじゃない。サテライトの人間の大半は身分の高い貴族子女で構成されていて、そのほとんどが私に対して敵対的なのだ。ここに居ればまた同じような目に合う。


城の裏門からこっそり抜け出し、町へと下りる。私の住む家はここから歩いて五十分くらいの場所にある。町の中心から外れた閑静な住宅街の集合住宅の一室を間借りしている。



帰り道、考えたくもない事ばかりが頭の中を巡る。


「お母さん、大丈夫かなぁ······」


昼間はアステル殿下の暴君オーダーに食らいつくのに必死で嫌な事を考えずに済む。


でも、一人になると途端に不安がどこからともなく押し寄せてきて絡み付いてくる。


闘病中の母。ギリギリにやりくりしている父に兄達。辛い生活を強いられている領民達。


私の仕送りなんて大したことないかもしれないけれど少しでも皆の力になれていたら良い。

でも、本音を言うと誰かに助けて欲しい。



私がサテライトに就いた目的がもう一つあり、有力貴族の子女と交流し、彼らの間にパイプを築いて助けを乞おうと思っていたのだ。


でも世の中そんなに甘くはなく、同情してもらうどころか、私が貴族ではないと知るや露骨に嫌がらせをするようになった。


特にミーティアを筆頭とした令嬢らの嫌がらせは凄まじく、お弁当をゴミ箱に捨てられたり、わざわざ包みを開けて中にゴミを詰められたり、私服をビシャビシャに濡らされたりした。

罵詈雑言(ばりぞうごん)など星の数程多く数えられないし、暴力だって日常茶飯事だ。



「ふう······」



家に着き、夕飯の支度をする。この日も玉ねぎと豆のスープに固パンのメニューだ。仕送りのお金を少しでも多くするため贅沢は出来ない。



「明日は良い事ありますように······」



いつもそんな事を祈りながら夕飯を食べ、ベッドに潜るのだ。

明日はお風呂屋に行ってサッパリしようとか、ご飯の中に卵を加えようとか、そういう事を考えながら私は眠る。



「おやすみなさい······」






次話に続きます。引き続きお楽しみください。

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