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①──暴君──

元々短編で書いていた作品ですが、長くなってしまったのでバラしました。短期連載型です。グラタン感覚でお楽しみください。



──ガシャーンッ、ドカアァンッ、ズガァッ──




「·········」



「ひ、ひいいい!?」

「ま、ま゛ま゛い゛っだあ゛!!」

「ゆるじでぐでえー!」


「黙れ黙れ!このクソ虫どもおお!!」




──ズガアアアンッ!──


『ぎゃああああああ!!』



と、もはや断末魔に近い悲鳴を上げながらピューッと飛ばされるチンピラ君達。みんなボコボコにされて痛そう。お大事に。



「ふん!喉が渇いた!リブラっ、何か持ってこい!」

「はっ、ただ今」


命令が下されたので私もサッと動く。


私に命令をしたのは、チンピラ君達をボコボコにしたついでに大衆食堂をサクッと半壊させた我が君、アステル・リコス・ボウルグング様である。


私は壊れかけたカウンターに滑り込み、棚に並んだ飲み物の中から目ぼしい物を幾つか見繕ってコップと共に持って戻った。

この時に氷魔法で氷を作っておくのも抜かりない。この間七秒。十秒以上かかると多分ぶっ飛ばされるのでこちらも必死だ。



「ワイン、ビール、ハチミツ酒に果実酒、ミルクでございます」


好みであろうドリンク達を一通り並べると我が君は満足そうに頷いた。


「よし。全部混ぜろ」

「かしこまりました」


この無茶苦茶な味覚は未だに理解出来ないが、異を唱えようものなら私がビールのごとくシュワシュワにされかねない。それはヤダ。


言われた通りに、私は魔女の如くドボドボと闇ドリンクを作り上げた。


「お待たせいたしました。出来上がりでございます」

「ご苦労。では貰うぞ」


豪快な一気飲みが闇ポーションをたちまち飲み干す。


「うまいっ!」

「光栄にございます」



どうやらご機嫌が直ったようだ。


『暴君』を不機嫌にしたままでは私の体が星の数ほどあっても足りないからな。




アステル様は我がコンスデイル帝国の第一皇太子であり次期皇帝だ。つまりとてつもなく偉い人。私のような小娘なぞ一吹きで瞬殺だ。


この間二十四歳になられたばかりの若き未来の皇帝で容姿端麗、眉目秀麗。

日の光のように煌めくブロンドをサッパリと短く切り上げ、その下にあるマカライトグリーンの眼は宝石のように美しく、切れ長だ。細めると刃のような鋭い野性的な光を帯びる。


背も高く、長く伸びた手足もスマート。でも痩せ細っている訳ではなく、無駄な肉の無い引き締まった体つきなだけだ。腹筋なんて六つにバキバキと割れている。



次期皇帝、イケメン、スタイル抜群。

黙れば王子様、座れば彫刻作品、歩く姿は若獅子の皇帝。まさに絵本の中から飛び出してきたかのような人物である。


しかしその中身はと言うと、山賊の頭のようで、海賊の船長みたいで、下町のガキ大将のごとくで、暴力と横暴と短気の三位一体。


そう、つまり『暴君』なのだ。




「リブラ、腹が減った。何か持ってこい」

「は、ただ今」


こうなるだろうと思って目星をつけておいた食料をカウンター内から怪盗のごとく(さら)っていく。これが私『リブラ』の仕事だ。




リブラとは私の本名ではなく、これはいわゆるコードネーム。仕事における私の呼称だ。


私の本名はマイナ・ユーラスデア。十八歳。田舎の小さな領主の娘だ。


私ことリブラの仕事というのが皇太子付き世話係という名前のまんまの仕事。アステル殿下の身の回りのお世話をし、命令に従事する仕事だ。

この仕事に従事する者は『サテライト』と呼ばれ、私含め十二人存在する。私の担当する日数は週六日だ。本日も通常運営。



アステル殿下は毎日と言っていいくらい町へお忍びに行かれ、どこで手に入れたか庶民の服を着こなし自由気ままに活動される。


そして、大抵何か破壊したり誰かボコボコにして大暴れするのだ。全然忍べてないのだが、庶民の前に姿を現す事が無いお方だし、面識のあるのは限られた有力貴族だけなので誰もアステル殿下だとは気づかない。


第一、お酒を飲みまくりすぐに喧嘩して大暴れする人間が皇族だなんて誰も思うまい。


今日もなんやかんやあってチンピラ君達と揉め事になり、ぶっ飛ばすついでに食堂を半壊させてしまったので、私は絶賛フォロー中。


大きなハムにナイフを突き立てて丸かじりするアステル殿下。やはりどう見ても山賊の頭だ。



「うまいっ!肉だ。やはり肉に限る。リブラ、お前も食うか?」

「ありがとうございます。ですが、我々サテライトはこの仮面を外す事を禁じられておりますゆえ······」



そんな暴君に使える私達サテライトのお仕着せはちょっと変わっている。


全身を覆い隠す真っ黒なローブに、頭がすっぽり入る魔女帽子、そして目と口の穴だけ空いた無表情な白い仮面。

これらを全て装着するのがサテライトの仕事着なのだ。こうすると顔はもちろん体格も性別も年齢も分からない黒魔道士の出来上がりだ。


さらにこの仮面は特注品で、魔法加工により声質が変わるようになっていて声だけでは男女の区別すら難しい。


一応、仮面の額部分にマークが施されていて、そのマークを目安にどのサテライトなのかは判別可能だ。ちなみに私のマークは天秤。



「ほーん。飯食う時にすら外せんのかその仮面」

「そういう決まりでごさいますから」

「しかし暑くないのかそれ?見てるだけでも鬱陶しいが」

「正式な衣装ですので悪くは言いたくありませんが······少々不便でございます」



暑いし視界も悪くなるし蒸れるしで最悪なのだが、このような衣装になったのには理由があるらしい。


私も人伝(ひとづて)に聞いた話なのだが──過去に皇太子と世話係との間で色々あったからだそうだ。


皇太子が世話係女中に恋をしてしまい、妊娠させてしまったが為に血みどろの後継争いが繰り広げられたとか。

ならば男なら平気だろうと言う事で男性だけで世話係を組織したら男性同士の愛に目覚めてしまい、逆に後継が断たれそうになったりしたとか。


そう言った過程を経て、ならばもう姿を隠しちゃえば良いんだとかいうぶっ飛んだ結論に至ったそうだ。どうしてそうなる。


一応、実用的な理由としては黒魔道士の姿にそっくりなので町などに赴く時も回りから皇太子お付きの人間だとはバレにくいというのもある。



「しかし、その姿と声では男か女かも分からんな。が、まあ女だろう?」

「ご想像にお任せします」

「よし、ならこっちに来い。ケツを揉んでやる」

「ご容赦のほどを······」

「ほらみろ女だ。まあ、そんなことよりそろそろ行くか」

「はっ」



床に散らばった残骸を蹴り飛ばしていくアステル殿下。


私は、カウンターの隅でガタガタと震えて小さくなっている店主の元へ赴き、店の修繕と損失した物品を十分に賄えるだけの金貨を手渡した。



「こちら賠償金となります。業者と衛兵の方は私の方が手配いたしますので今はこちらをお受け取りください」

「あ、ありがとう?」

「それでは。大変お騒がせいたしました」



手早く要件を済ませ、伝書バトにここの場所と状況を書き記し飛ばしてアステル殿下の元へ戻る。



「リブラ、ご苦労だった」

「もったいないお言葉」

「しかしあの店主の怯えよう。さっきのゴロツキ共が余程恐ろしかったのか。気の毒にな」


いや、あんたのその馬鹿力にビビッてたんだよ。

という心の声はゴックンしておき


「心休まる事を祈りましょう」


と返しておいた。





アステル殿下は強い。それは権力や立場ではなく、個人の有する力自体が凄まじいのだ。

体力、筋力、魔力。どれをとってもインチキレベルで強く、語り継がれる武勇伝はもはや荒唐無稽な作り話のごとく。


五歳の頃にオークを素手で撲殺したと聞くし、十歳の頃にドラゴンを背負い投げしたと聞くし、魔法や剣の稽古も指南役が次々に病院送りにされるので誰も教えられなくなったとか。


終いには、軍事演習という名目で兵士千人による連続組み手が行われたが全員コテンパンに叩きのめしたそう。うん、化け物だ。


そんなとんでもない力に加えて気性の荒いこと。口より先に手が出るタイプで、気に入らない相手は容赦なく叩きのめす。そんな事だからまともに(しつけ)る事も出来ず、傍若無人に育ってしまわれた。


でも、権力を振りかざして誰かを追い詰めたり消したりするような事はしないし、謝れば基本的にはお咎めなしで許してくれるあたり悪い人ではない。ちょっとキレやすくて暴れるだけだ。

だけ?



そんな強さと性格のため、アステル殿下は周囲から『暴君』の渾名で呼ばれ慕われ(?)ている。



公務なんてそっちのけで、町にお忍びしては好き勝手に過ごし、お気に入りの場所である市場や酒場や賭博場に入り浸る毎日だ。


まるで皇族らしからぬお人。それが暴君アステル殿下なのだ。暴れん坊で我が儘で粗雑でめちゃくちゃに強くて誰も止められない嵐のような人。


でも自由なお人。


私はそんなアステル殿下のことを羨ましいと思っている。



「リブラ、もうすぐドラゴンダービーが始まる。早く行かねば良い席が取れんぞ」

「?殿下は特待席でご覧になられるのでは?」

「バカ言うな。あんな所は有力貴族のジジババ共がへつら笑いをぶら下げて、やれウチの娘は器量良しですだ血統が優れてますだとか言って詰めよってくる場所だ。つまりクソだ」

「はあ」

「分かったらとっとと行くぞ」

「かしこまりました」



こんな無茶苦茶な事を言ってそれを押し通す。私には到底マネ出来ないような事を。



そんなアステル殿下を見ていると私は自分の置かれた状況と比較してしまい、やはり憧れてしまうのだった。





引き続き次話もお楽しみいただけたら幸いです。

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