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最悪な目覚め


 突然、上がった子供の悲鳴に驚き、反射的にウィルは声の方へと目を向けた。


「チビ!?」


 鉛色へと変わりゆく空を仰ぎ、号泣する幼子の姿があった。

 尋常ではない泣き方と感じながらも、ウィルは自身の情けない姿が弟分の号泣を誘ったかと慌てた。


「バカ、お前……! なんでそんな所に。早く行けってんだよ! 泣いてる場合じゃ」


 ざわりと異変を感じた。チビの泣き姿だけはそのままに、泣き声だけが急速に弱まり、途絶えた。


「……よ、くも」


 チビの白い髪が風も無いのに不自然に騒めいた。


「よくも……吠えてくれたな。よくも、見せつけてくれたな」


 チビが曇天からウィルへと顔を向けた。餓狼の如き眼光だった。姿こそ幼子のチビだったが、荒れ狂う激情を滲ませた表情は完全に別人だった。


「よくも、よくも、思い出させてくれたな」

「……チ、チビ?」


 ウィルの震え声に恐れが混じった。泣き腫らした自分の無様など、気にするどころではない。


「最悪な目覚めよ。だが、敢えて礼を言おう。少年。よくぞ、吼えた」


 もはや、白い髪の騒めきは疑いようもない。

 気付けばチビの肌に薄っすらと赤黒い斑点が幾つも浮かび始めている。

 ウィルは怖気に身を震わせた。

 不吉で、不安で、不穏な(まだら)は蠢いて、白い肌を犯していく。


「お前の叫びに、怒りに、悔しさに。かつて誓いを立てた我が姿を見た思いよ」


 肌の(まだら)は広がり、濃さを増していく。白い髪は天を突いた。怒髪と呼ばれる姿であることをウィルは知っていた。それに相応しき怒りの表情。相応しくない幼子の声と身体。


「泣くな、胸を張れ! 大切な姉を救う機会を作り得たのはお前の叫びだ。ウルにに」


***


 座り込んだまま、ユーリィは何もない鉛色の空を呆然と眺めていた。


「……なぜ、」


 繰り返された言葉の先は出てこなかった。

 なぜ、自分は生きているのか。なぜ、竜は突然いなくなったのか。

 失望と困惑が綯い交ぜとなった状況にユーリィの思考は完全に停止していた。


「死に損なったことがそんなに不満か?」


 背後からの声と口調に、ユーリィの心臓はどくりと大きく脈打った。

 失望も、困惑も、驚愕へと塗り替えられていく。

 ユーリィは知っている。

 朗らかに突き抜ける高く澄んだ声。豪放ながら皮肉を混じらせる口調。

 でも、それらは別ものであったはず。同一でありながら、全くの別ものに成り果てたはず。

 これまでの竜狩りで積み重ね続けた竜の怨嗟たる(まだら)が、一ヵ月前の竜狩り後に尚濃くなって新たな呪いを発現させた。やがて訪れるはずと黒騎士が語っていた〝退行の呪い〟が彼を幼子へと返らせてしまった。記憶も全て失ってしまっていた。

 何度も何度も確認して、絶望と共に現実を受け入れたはず。

 ユーリィは振り返った。

 期待が溢れた。必死に懇願した。目当ての姿を探して……見つけた。

 チビと呼んだ幼子の姿を。

 1000を超える竜の怨嗟が赤黒い(まだら)となって穢す肌を。

 発現する幾つもの呪いがもたらす怖気で弥立(よだ)つ身の毛、逆立つ髪を。

 疑念の余地は無かった。

 もう会えぬと諦めたユーリィの主人、黒騎士(ブラック・ライダー)


「ぐ、ぐらッ、グラハムさまっ……!」


 声が歓喜に震えた。

 立ち上がり、駆け寄ろうとして足がもつれ、転んだ。

 それでも、ユーリィは幼子から目を離さなかった。夢、幻と消えてしまわぬように歩み寄る姿を追い続けた。溢れた大粒の涙が零れた。

 チビ(グラハム)は、倒れ這い蹲ったユーリィの前に立った。


「若竜は逃げたな。俺に憑く竜共の怨念は、若いのには刺激が強かったんだろうよ。だが、俺のクソったれな〝死闘の呪い〟は、ヤツも例外じゃない。じきに戻ってくる」


 再会を喜ぶ言葉すら無く、呟いた幼子は涙を流すユーリィとようやく視線を合わせた。


「で、お前、俺とやれんのか?」


 事も無げに問われる。からかうような調子が気にはなったが、答えなど決まっている。


「勿論、」


 言いかけ、ユーリィは口ごもった。即答しかねる理由に思い当たったからだ。

 押し黙り、おどおどと目を伏せたユーリィを見て、幼子は「やっぱりか」と肩を竦めた。


「あの青年が持ち掛けた共闘を受けるため、例の誓約をまた持ち出したな? だから、俺とやるのは気が引ける、気が咎める。そんな所か」


 ユーリィは決まりの悪さに身を縮こませた。

 図星だった。

 黒騎士が戻ったからと、コディとの約束をすっかり忘れられるほど、ユーリィは器用ではなかった。むしろ、浅はかに誓約を重ねた罪悪感に目を伏せた。


「申し訳ありません。こんなことになるならば、私、私は……」


 思わず口にしかけた後悔の言葉を言い澱んだ。そうだと言い切れぬ自分にユーリィ自身が驚く。

 地面についた手をきつく握った。


――だって、私を必要と言ってくれたから。生きて欲しいと言ってくれたから。そのために、百万に一つの勝ち目しかない無謀な闘いに挑んでくれたから。竜に震えながらも立ち向かってくれたから。それは、私にとって……。


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