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負け犬とモブ達の会談


 酒場は静まり返っていた。

 客は険悪な雰囲気の六人グループだけ。店内に五つあるテーブルの一つに陣取り、厳しい視線を交わし合っていた。

 テーブルに着く者は三人。年配の男二人が並んで座り、軍服を着た男が一人で対面に座る。

 年配の男達の背後には同年代らしきスーツ姿の男が一人、軍服の男の両隣には揃いの軍服を着た無表情な中年と不安げな青年の二人が立っていた。

 テーブル席の横にあるカウンター内ではバーテンが我関せずとばかりにグラスを拭いている。

 店内の沈黙は、年配の――灰茶色の顎ひげを蓄えた男が破った。


「違約金とはどういうことですか」


 対面に座った軍服の男がジロリと睨む。土埃塗れの恰好ながら危険な鋭さのある視線。竜撃ち――竜討伐に失敗したギブス隊長だった。


「ウェッブ町長、あんたは俺に嘘の申告をした。そいつは重大な違反だ。当然だろうが」

「待ってくれ、我々は知ってることを全部話しただけで……嘘だなんて」

「とぼけるな。あんたがアレを若竜と吹かなきゃ、生き残りが俺と副長だけなんて無様を晒すことは無かった」

「ネタ聞いて判断すんのはお宅らの仕事だろうが。金をケチって虎の子の大砲一つを町に置いてったヘマを俺達になすり付けんじゃねぇよ」


 ウェッブの隣に座った大柄な男の口調にギブスの表情が一気に険しくなる。


農夫(モブ)風情が粋がるな。俺らは、竜撃ち専門の傭兵で、撃破数『6』の実力を持った精鋭だ。その辺の無法者崩れの竜撃ちや大陸先住民ネイティブ共の竜狩りとはワケが違うんだよ。正しい情報さえあれば、必ずやれる依頼だった」

「モブに言われた通りに大砲撃つだけで精鋭ってのは気取れんのかよ」


 喧嘩腰の返答にテーブルの空気は凍り付く。

 睨み合う二人の間に、軍服の青年が細身寄りな中肉中背をわざとらしく乗り出して、割って入る。大柄の男に下唇を突き出した非難の表情を向けてから、上官たるギブスに真逆の表情で嘆願する。


「ま、まあ、ギブス隊長。ウェッブ町長もアリスン氏も今は違約金の話どころではないことは分かってあげてください。数日の内に竜が町を襲うかもしれない状況なんですから。なので、ここはもう一度、我々で竜を退ける作戦を」

「トロい装填しか出来ねぇ能無しが俺に意見すんじゃねぇ!」


 猛然と立ち上がったギブスが青年の鼻先に鋭く指を突き付けた。


「こんなシケた町が襲われようが潰れようが知ったことか。ガセ情報のおかげでこっちは大損害なんだよ!」

「それは、いくらなんでも……僕、この町の出身って言ったじゃないですか。だから隊長、なんとかお願」


 ギブスは青年の胸倉を掴んだ。


「黙ってろ見てろ見習い。今日はこういう時に金を回収する方法をレッスンしてやる」


 青年の胸を突き押したギブスは、傍らに立っていたもう一人の部下――爬虫類顔の副長に目配せした……が、意識外の方向でガチリと音がする。

 腰の拳銃に掛けていた自身の手をピタリと止まり、音がした方向に顔を向ける。

 バーテンがカウンター越しにショットガンを構え、ギブスに銃口を向けていた。


「銃から手を離して。そういうこと、ウチの店じゃ禁止なんだ。アタシ以外」


 若い女の声だった。

 結構な背丈のバーテン姿は男と見紛うほどだったが、よく見れば長いアッシュブロンドの髪を頭の後ろで結い上げている。やけに濃い隈が目の下にあるが、意志の強そうなハッキリとした目鼻立ちは男装の麗人と評しても差し支えない。


「勇ましいのは結構だが、そんなので俺らを何とかできると思ってんのか?」


 ギブスの声は低く、肉食獣の唸りを思わせる。

 ずりずりと椅子を擦る音がする。ウェッブが自身の椅子をテーブルから離そうと足を突っ張らせていた。アリスンも大きな身体を椅子から僅かに浮かせている。

 張り詰めた空気、それが限界を迎える寸前。

 表通りと店内とを繋ぐスイングドアが奏でた軋み音が水を差した。店内にある全員の意識と何組かの視線がスイングドアの方へと集まる。


「お食事できますか? 小さな子も食べられるものがあると嬉し、い……」


 幼子を抱えた黒服の女――ユーリィがスカートの埃を払っていた。バーテンの構えた銃に気付き、只ならぬ気配の店内を恐る恐る見回した。


「お取り込み中……みたいですわね。出直します、と言いたい所ですが」


 場違いを恥じる声に滲ませながらも、右脇に抱えた幼子の頭を守るように左腕を回す。

 揺れる黒い髪。白い肌、黒い服……黒と白のコントラストのなか、鮮烈に襟元で主張する赤い石を嵌め込んだブローチがきらりと光った。


「これを捨て置けば、昨夜から何も食べていない私達は、きっと食いはぐれてしまうのでしょうね」


 それを感じ取れたのは、その声を向けられた者だけだった――小さく舌打ちが鳴った。

 ギブスは銃から手を外し、二人の部下に「行くぞ」と促した。後に続こうとした副長が立ち竦んだままの青年に気付く。


「コディ、何してる。早く来い」


 応じる様子はない。ギブスが面倒臭そうに振り返った。


「おい、出来損ない。感傷に浸る時間はくれてやる。残った大砲《軽十二ポンド砲》をウィスキンの仮拠点にまで持ち帰っとけ。期限は明日の昼まで。でなきゃ、お前はクビだ」


 出口へと向かってきたギブスらの道を空けるため、ついとユーリィはドアの脇へと身を躱す。

 通りすがりに向けられた鋭い視線に気付く素振りもなく、抱えた幼子に笑顔を向けている。興が削がれた様子でギブスは視線を流し、通り過ぎた。

 乱暴に扱われたスイングドアの開閉音を残し、騒動は立ち去った。


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