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呆気ない幕切れ


 炸裂した閃光を背負う形となったユーリィの視界に目を覆うコディの姿が入り込む。劣勢に追いやられていた共闘者のため、渡していた仕掛筒を投じてくれたのだろう。かけた疑いへの謝罪を宙に残して着地すると退くステップへと繋げる。

 閃光が消えたころ、ユーリィはコディと並ぶ位置にまで下がっていた。


「助かりました。私も急いていたようです。あんな打ち合いに応じてしまうなんて」

「役にた、た、立てたのなら、よ良かった」

「ですが、次はよほど上手く筒を使わないと、あの若竜にはもう効かないでしょうね」

「え、で、でも。さっき竜は筒を恐れて逃げて……それに、まだ一回使っただけですよ?」


 竜から黒騎士の従者を救ったというコディの高揚感は冷水を浴びせられように一気に萎んでいた。


「あちらを」


 ユーリィが瞳で促した先には、閃光の炸裂した地面に顔を近づけている若竜の姿だった。こちらを気にする素振りはなく、興味津々といった様子で炸裂の残りカスをしきりに眺めている。


「竜の知能は非常に高いと言われています。物を知らない若竜でも、あの筒が何かをたちまち理解します。火薬の音に特に敏感な個体のようですから尚更でしょう」


 信じられぬといった様子で若竜を見つめるコディにユーリィは教師の面持ちを作った。


「それに今の発言は良くありません。忌避すべき〝侮り〟がありました。私達の数少ないアドバンテージを手放していけません。侮りや油断など竜だけにさせておけば良いのです。その間に私達は的確に恐れ、真摯に観察し、全力で隙を突かねばならないのです」


 コディはこの講義の奇妙さを感じていた。本来ならば、竜を前にして講義どころでは無いはず。むしろ、この機に乗じて攻撃を仕掛けるべきではないかとさえ思いながらも、これこそがユーリィの誠意だとも考えていた。

 頼りない自分のため、駆けることもままならぬ仔馬のため、闘いの幕間であっても知識を与え、誤りを指摘して正そうとしてくれている。交わした約束の先にある誓約をユーリィが見据えている証拠だとコディは理解する。


「すみません。迂闊でした。次はもっと上手くやってみせます」

「ならば、結構です。さ、次が始まりますよ」


 仕掛筒の痕跡観察に飽きたのか、若竜がゆるゆると攻撃の姿勢を作り始めていた。

 ふてぶてしいほどの緩慢な呼吸に合わせるように、ユーリィが前に進み出る。金棒を右下段に据え、先端を大地に振れぬギリギリで留めた時だった。

 ゆらりと若竜がゆるりと頭を下げた。

 直後の速攻。

 強者の余裕さで、悠然と襲い来る姿を想像していたコディの心構えは、一足跳びで飛び掛かってきた若竜にまるで反応できなかった。獲物を襲う豹などより遙かに早く猛烈な鋭さ。瞬く間に視界を占めていく巨躯を認識しながらも、身体はまるで反応できない。

 恐怖のあまり思わず吸った一息、その僅かな瞬間に、これが油断なのかとコディは戦慄した。

 しかし、迫り来る恐怖の前に黒い人影が立ちはだかった。

 前に踏み出した力強く大きな一歩で、身を低く地面をなぞるような所作に入る。若竜の到達に合わせて、突き出された前脚を掻い潜り、金棒を首に叩き上げて迎撃せんとする見事なタイミング。

 ざわりとコディの胸が騒めいた。

 棒立ちで見守っていた立ち合いのさなか。相手が、若竜がほくそ笑むのを感じた。


「待ッ」


 コディも理解できていない脅威への警告など間に合うはずもない。中途半端に声が発せられただけ。騒めきは怖気へ、終いは確信へと変わる。

 若竜が右前脚を見当違いのタイミングで振り下ろす。何も捉えることなく前脚が地面を抉り、ガッガガッと飛び散らされた土や砂利が黒い迎撃者に降りかかった頃には、若竜は急制動を終えていた。

 後ろ脚が突いた前脚近くに着地、そのまま若竜は右後背に向けて素早く跳ね返った。


「ッ!」


 剛速の金棒が標的の位置を完全に見誤らせられ、若竜の手前を空しく通り過ぎる。入れ替わりに後背に跳ねた竜躯に続き従い、しなり返った尾が割り込んだ。

 直撃だった。

 薙ぐ力を滾らせた尾がユーリィの脇腹を上に押し上げる形でメキメキと犯していく瞬間をコディは目の当たりにする。

 衝撃、からは一転。

 鈍く弾けた音を聞き、薙いだ尾が起こした風を感じただけ。

 視覚は追い着かず、薙ぎ払われたユーリィの姿はとっくに目の前から消えていた。弾き飛ばされたであろう先。地面に巻き上がった土煙の柱を二本、かろうじて視界の端で捉えたられただけ、だった。


「ううぅ、ぁぁ、ぁ、ぁ……」


 呆気ない決着が信じられず、自分自身も無残な最期を迎える想像が一気に溢れ、声が漏れた。

 一歩、二歩とコディは後ずさる。

 若竜はゆっくりと身を返して、怯えるコディを見下ろした。長い首を通って吐かれた吐息が洞窟を通った風に似た不気味な音となって鳴っていた。


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