表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

若竜 vs 黒騎士の従者

 踏ん張ったユーリィの両足が大地に溝を刻みつけ、若竜への抵抗を始めていた。


「ぅぅぅうううううううあああッ!」


 危うげながらも足場を得たことで、金棒を強引に振り抜こうと渾身の力を振り絞る。しかし、不意に手応えが消える。

 若竜が金棒を手放したからだ。巨躯を捻って襲い掛かる金棒を危うげもなく躱し、ユーリィを空で跨いで反転。猫を思わせる身のこなしを見せ、四つ足でふわりと着地する。

 ユーリィも、つんのめりながらも低くした身を翻らせ、態勢を崩すことなく若竜と対峙し直す。

 両者は睨みあった。

 コディはその光景に唖然とするほか無かった。

 初めて竜を間近に見た恐れや驚き以上に、人間離れしたユーリィの立ち合いに慄く。膝が笑っている。顔が強張っている。膨らむ場違い感を強引に押さえ込む。去り際に向けられた表情と信頼の言葉がコディにそうさせる。

 歯と唇を強く嚙み締め、若竜に引き摺られて三十ヤード(約二十七メートル)は引き離れてしまったユーリィの元に向かって、コディは走り出す。無意識に腰に括り付けた龍刀を確認していた。

 先手は若竜の咆哮だった。

 鼓膜を破らんばかりの大音量は全身に震わす波動となってユーリィを襲う。無防備に浴びれば、人の正気を呆気なく崩す狂気の呼び声。いくつかの対策を抗じていても、魂へと打ち寄せる荒波は大いに持て余す。

 唐突にユーリィが構えていた金棒を自身の側面、地面と垂直に立てる格好で返す。

 直後、強烈な激突音が響いた。

 横からの衝撃が、金棒を握った細腕に伝わり、黒服に包まれた身体を揺らす。

 金棒が鞭となって薙がれた若竜の尾を受け止めていた。

 そのまま、金棒諸共に身体に巻き付かんとする尾をいなし、反撃に転じようと踏み込むも、しなやかに戻っていた尾が、それを阻む一撃で返し、金棒がまたそれを防ぐ。

 尻尾と金棒の応酬は延々と続く。一つの攻防が終わる度、ユーリィと若竜の応酬は加速していく。

 まさに丁々発止の修羅場。

 狂って急いて、重く鈍く、果てしなく続く律動。

 それは若竜の尾による乱打の嵐であり、異常な反射神経で全てを受けきるユーリィでもあった。

 不穏な打音が響く空間を前にして、コディの駆け寄る足が鈍り、止まる。聴覚、視覚に加え、尋常ならざる振動を感ずる触覚すらも、警告を発している。

 この立ち合いに迂闊に踏み込めば、身体が千切れ飛ぶ。イメージを伴う怖気が背中を伝う。


「これのどこに、僕の付け入る隙があるっていうんだよ……」


 恐れが急速に増していく。

 目の前の常軌を逸した攻防だけではない。

 何よりも、若竜の圧倒的な優勢をコディは見て取っていたからだった。くつろいだように体躯を横たえ、尻尾を振るう姿も然ることながら、表情により強い余裕を感じる。

 トカゲ同然の顔に表情は欠片もないはずなのに、そうだと分かる不思議な感覚。

 それを証明するかの如く、ユーリィが一歩、後ずさった。

 地面をなぞった踵が僅かに土煙を作る。明らかに攻防の律動は先ほどより速くなっている。

 悲惨な結末が差し迫っている予感がコディの胸を刺す。

 思わず龍刀の柄に手を掛け、一歩踏み出したが、そこまでだった。足が竦んでいる。近寄ることすら、ただただ恐ろしい。

 それでも、迫る悲劇的な局面を回避するため、彼女を救うため、若竜の気を削ぐための何かを考える。何かを投げれば――慌てて周りの地面に手頃な石を探す。見つからず焦りを感じた時になって、ようやく思い出した。



「ううわああぁぁぁあッ!」


 背後からのヤケクソな叫びをユーリィは聞く。

 振り返る余裕などは無い。尾の乱打を受けるだけで精一杯な状況だった。よぎる嫌な予感に唇を噛む。

 背後にいるであろうコディが若竜を前にして平静を失い、自棄になったのだろうか。もしくは逃げ出したのか。胸の奥で陰り始めた後悔を自覚した瞬間。視界の左隅を掠め、飛んでいったものにハッとする。

 それは若竜を目掛けて飛んでいくも、しなって打ち下ろされた尾に巻き込まれ、呆気なく地面に叩き落とされる。

 迫る尾を金棒で払い上げて、退けたユーリィは「バシュッ」とマッチが爆ぜたような音を聞く。

 なぜか若竜は即座に尾を引き、大げさに後ろに飛び退いた。

 爆ぜた物を想像し得たユーリィもまた軽やかに身を捻り、後方へとターンしながら舞い跳んだ。

 ひと呼吸の後。

 若竜とユーリィが相対していた空間を強烈な光が覆った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ