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若竜は嘲笑う

 ばさりと巨大と分かる羽音が耳に届く。

 若竜は二人の頭上へと到達していた。ただ、攻撃を仕掛けるでも、地面に降りるでもなく、上空で悠然と周回を始めている。真上に目を向けたコディの声に不安と焦りが混じる。


「あれ、どういうつもりなんですか」

「嘲笑っているのでしょうね。私達を。向けられた敵意が取るに足らぬものだとでも言いたいのでしょう。もしかしたら、私達を弄ぶ愉悦を想像しているのかも」

「愉悦、想像って……人を殺すことを楽しむって言うんですか? 竜が!?」

「賢さを認めつつも、竜を獣と同列に見做す世間の常識からは、俄かに信じ難いのかもしれないですが。ほら、若竜の手元をよく見てください」


 確かに若竜は何か赤黒い物を左前脚で掴んでいた。目を凝らすも判別が付かない。


「あれは……?」


 問うて間もなく、それを若竜が手放した。

 あっという間に墜落して、やや先の地面で大きな音を立てて激突した。届いた衝撃は予想以上、舞った土煙の向こうから聞こえてきた水気を感じさせた音に不吉な予感に心がさざめく。


「……ッッ、ッ? 隊ッ、ちょ」

「崖上での悶着は、この方を弄んでいたのでしょう」


 ()()が何であるかを理解したコディは荒れ狂う呼吸と鼓動に翻弄される。ユーリィの説明もまるで耳に入ってこない。


「ほら、若竜が悦んでいます。これを前にした貴方の反応を見て、人が怖がるさまを愉しんでいる」


 ――娯楽のために他をイジメ殺す生物はあれど、竜はそれらと一線を画す。

 竜が人を殺すのは、人の恐怖を味わい、絶望を喰らうため。頭をかじることを好むのは、末期の絶叫を間近に感じるためなのだ。彼奴等は我らが酒を飲むように、女を抱くように、人をいじり、つぶし、かじる。人の虐殺こそが彼奴等の快楽へと変わったのだ。あのシャーマンの警句はこのことだった! もう暴走は始まっている。我らは大陸における禁忌を犯したからだ。時間はない。軍も当てにならない。手を打たねば、いずれ根絶やされる。早く、早く、人形を作り上げねばならない。

 1814年頃 未編纂 イヴァン・ヴィノクロフ元教授の手記より――


「ですが、良い傾向です」

「良い? 何が良いんです!?」

「博打勝負を続けられるということです。あの若竜も御多分に漏れず、相手が人だと油断をしています。一方的な蹂躙相手だと侮っています。そこに私達の付け入る隙があります。勝負ができます」


 ユーリィは説明しながら、金棒を両手で握り直した。若竜が大きく旋回をしながら高度を下げ始めていた。


「だから、竜が本気で仕掛けてきたら、私達に勝ち目は無くなります。竜が本気となった証、口から白煙や火が漏れ出す前に、勝負を決めなければならない」


 若竜の滑空の速度が増していく。確実に二人を標的と見做した軌道を辿り始める。


「……いいですね?」


 ユーリィはコディを見た。

 動揺を残しながらも、悲壮を伴わぬ様子であることを確認して、「では、お願いします」と言い残すとユーリィは歩き出した。若竜との接触点を探りながらゆっくりと前に。やがて、立ち止まり、僅かに腰を落として身構えた。


『竜に抗う……び。害せば快……殺せば絶……彼奴等を根絶……殺せ』


 またしても、あのしゃがれ声がユーリィに囁いた。


「言われなくても」

 

 若竜の風を切る音が迫っている。尻尾まで含めれば六十五フィート(約二十メートル)はありそうな巨躯だった。ユーリィの汗ばむ手が無意識に金棒を握り直した。

 不安に押し潰されそうだった。

 こんな気構えで竜と相対するのはどれくらい振りだろうか。一人で立ち向かったなら、死んで良いのだと諦めていたら、我が身を顧みることなく、何もかもが壊れてしまうまで、遮二無二で闘うだけだっただろうに。

 大きくなっていく若竜の姿、応じた機を感じて、ユーリィは駆け出した。

 右側に流すように握った金棒をたなびかせ、駆ける速度をぐんぐん増していく。若竜の意識を一身に集めるために声を上げる。


「やあ、あ、あ、あ、あッ! ああああぁッッ!」


 予期した若竜との接触点より先へと駆けながら、ズレた帳尻を合わせるために跳んだ。先手の一撃を長い首へと叩き込むべく、金棒を固く握りしめた。


「はっぁ!」


 気合を込めた一撃は、尋常ではない風切り音を鳴らす。が、その一撃を首をひねって躱した若竜は、代わって突き出した左前脚で金棒をガッシリと掴みあげていた。

 一瞬、ユーリィと若竜の力が拮抗したかに見えたが、共に宙空にあって、質量と速度で圧倒的に勝る若竜がユーリィを押しきった。

 ただ、若竜の滑空は既に着地間近な状況。すぐにユーリィの足は地面へと届き、引き摺られて土煙の筋を作り始めた矢先、土煙の巻き上がり方が急激に変わった。


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