彼女の最善、彼の最善
「そんな……っ」
冷酷な予見に震えたコディの声を背中で受けたユーリィは竜を見据える。
「竜をこちらに誘き寄せます。コディさんは皆さんの元へ。辿り着けたらのなら、断崖沿いを南に向かうよう誘導してください。荒野を逃げるよりかは幾分マシでしょう。もしかしたら、身を隠せる場所が他にあるかもしれませんし」
「ユーリィさん、は?」
「元からの役割通り、ここで竜の足止めをします」
「さっきの望みの通りに……ですか」
「いけませんか?」
澱み無く、悪びれず。暗い願望を隠そうともしない返答にコディの胸はまた騒ぐ。
「それに、これが今取り得る最善。仕方の無いことなのです」
そう言ったユーリィの声から安堵の響きを感じ取る。さらには、大義名分を得て、乞い願った破滅の成就を密かに喜ぶ言葉の調子に、きつく結ばれたコディの唇が震えた。
思い詰めた従者の強い気持ちに、あらためて触れて、あらためて失望したからだ。
期待して失望し、見直して、また失望する。一方的に寄せた想いが裏切られたと感じてしまう身勝手な感情が膨らんでいく。
反面、諦めきれぬ願いがコディの胸の内で湧き上がっている。
そんなことなど、許されない、受け入れられるはずがないと否定する。
死を願うユーリィにとっては押し付け以外の何物でもないと思い知っている。
でも、諦めきれなかった。
だから、ユーリィの言う最善を上回る最善を必死に探した。
そのなかで。
昨日、ユーリィが見せた軽蔑の記憶に行き当たる。身の程知らずな思い上がりと恥ずかしさに身悶えす言動の記憶。それ所ではないと思いながらも、息が弾む。熱くなる顔と共に、昨日感じた猛烈な劣等感も蘇る。
ふと、コディは気付く。やがて、閃く。
思わず言葉が漏れる。
「……別の最善があります。貴女が自分の願望より、他を優先する気持ちが、まだあるならば」
無意識に唾を飲み込む。
浅くなっている呼吸を気にする余裕もなく、急遽組み立てたセリフを無我夢中で声に乗せる。
「昨日、ユーリィさんは言いました。僕と共に闘っても勝ち目は……百万に一つだと。僕はその答えに心底ガッカリして、自分の浅はかさを恥じて、死ぬほど後悔しました。でも、それは、裏を返せば、僕が竜を退ける可能性を否定していなかった。僕にある先見の種を見越して、言ってたんじゃないですか、って」
「言葉遊びをしている場合では――」
「貴女は一人で竜に立ち向かうより、僕との共闘の方にまだ勝ち目がある、そう思っている。違いますかっ!?」
自分の高慢さを、はち切れそうな羞恥心を、勢いだけで跳ね除けようとコディは叫んだ。
「どこの馬の骨と知れぬ輩と共に闘いたくはない、そりゃそうでしょうとも! 僕では役者不足もいいところです。そんなことは分かってます。しかし、貴女の最善では、貴女の見知った誰かが、もしくは全員が断崖にすらも辿り着けない、助かりもしない、そう思っているのに、自分の願望を優先させようとしていませんか!? 可能性を狭めていませんか!?」
頑なに背を向けたままのユーリィへ、矢次早に言葉を投げ掛ける。
「もしかしたら、皆が助かるかもしれないのに。もしかしたら……ユーリィさんが生き残って、これから、何処かで、新たな黒騎士に足る人物と、出会えるかもしれないのに」
「は?」
酷く攻撃的に響く声だった。
ゆっくりと身を捻ったユーリィがコディを顧みた。
黒い瞳には信仰を穢された信徒のような光が揺蕩っている。
あまりにも強い視線にコディはたじろぐも、辛うじて踏みとどまり、食い下がる。
「貴女は自分を出来損ないと言った。だけど、僕はそう思えない。黒騎士という伝説を構成する上で貴女は欠かせぬ存在だとさえ思った。理知的で、見識に富み、危難を打破する力も合わせ持つ貴女が生き残ってさえいれば」
「止めてください」
穏やかな声の調子を取り戻す裏で膨らむ怒り。ぴりぴりと感ずるほどの怒気に気圧されても、コディは尚も続ける。こめかみを伝う汗、鼓動は全力で走っている時と大差ない。
「あっ、あ貴女が生き残ってさえいれば、黒騎士という存在を別の形で残せる余地があると僕は思っています。聡明な貴女なら、きっと新たな才器を見出し、再び――」
「止めてよッ!」
黒騎士の従者が初めて見せた荒々しく剥き出しの感情を前にコディは言葉を失う……が、両拳を固く握って、震える唇を固く噛んで、ユーリィの目を必死に見返した。




