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竜の縄張りに沈む町

***


荒地の先、ユーリィの目的地であったヨークという名の町は騒然としていた。

 多くの人々が町の目抜き通りを東へ向かっている。徒歩、荷車と様々ながら、誰もが一様に多くの荷物を伴っていた。

 北の小路から通りへと行き着いたユーリィはキョロキョロと周囲を見回し、ちょうど目の前を通りかかった中年の男女に目をつけた。


「もし。ここからベアトリスへの駅馬車が出ていると聞いたのですが」


 背負う荷物に集中する素振りで無視をした中年男だったが、目の端に入った女の顔を思わず二度見して足を止めた。

 ここらでは見かけない美しい顔立ち。土埃に汚れていながらも、日焼けしていない白い肌。相反する黒い髪と瞳。ただ、直ぐに女が背負う巨大な背嚢に気付き、唖然と見上げた。


「あの、駅馬車の待合所は」

「……もうヨークから馬車は出ないよ。一昨日の便が出た後、運営会社が路線の縮小をさっさと決めたって話さ」

「ひょっとして、竜のせいですか?」

「ほかに何があんのさ」


 中年男を小突きながら、隣の妻らしき女が口を挟んできた。


「若いあんたは知らない話だろうけどさ。十年前の竜の大繁殖期(ドラゴンフィーバー)以降、こんなのばっかりさ。この町には去年逃げてきたばかりだってのに。いい加減にしてほしいよ。まったく」

「……無神経な聞き方でしたね。申し訳ありません」


 素直に謝るユーリィを中年女はジロリと睨んだが、黒いスカートの後ろに隠れる二、三歳ほどの小さな男の子をみつけて、ばつが悪そうに表情を和らげた。


「いや……あたしも感じ悪かったね。その大荷物、あんた行商だろ? 悪いこた言わない。早くここを離れるんだよ。もうこの町は終わりさ」

「お気遣い感謝いたしますが、朝から歩き通しで食事もままならなかったものですから、どこかで休もうと」

「ああ、だったら……あそこの酒場サルーンは、まだやってると思うよ。さっき、町長達が入っていったから、たぶんね」


 指で示された通りの先にはそれらしき建物があり、店先には二頭の馬が繋がれている。確かに営業をしているようだった。返される感謝に中年女は頷き、「いいかい。長居は無用だよ」と言い残して、足早に去っていった。

 ユーリィは、二人の後ろ姿を一瞥して目を伏せた。


「知っていますよ、竜の大繁殖期(ドラゴンフィーバー)。誰も本気にしなかったことも、ね」


 竜の大繁殖期(ドラゴンフィーバー)――19世紀初頭、生物学者イヴァン・ヴィノクロフ教授が予見した特異な季節(シーズン)の呼び名だった。

 大陸に生息する竜属各種が持つ各々の繁殖周期がピタリと一致する奇跡であり、繁殖期には竜が活動的かつ攻撃的になることを知る者には悪夢でしかない季節。

 初出はそれらを警告した論文とされるが、砲撃による対竜戦術を確立させた連邦政府が急速に軍備を増強し、国策として竜の駆除を強く推し進めていた背景もあり、その論文をまともに取り合う者は誰もいなかった。

 しかし、論文の公表から数十年後。

 連邦政府が竜と大陸先住民(ネイティブ)と関連諸国を駆逐し続け、自らの支配圏を大陸西海岸にまで広げたころ、警告は現実のものとなった。

 散発的だった竜の活動が突如、同時多発的に活性化。

 勿論、軍による竜の駆除は続けられていたが、対竜に足るとされる大砲小隊一個に対し、活動期の竜が五十匹ともされる状況を覆すことは出来なかった。

 大陸各地で深刻な竜災が発生。特に西部地域では竜が人を完全に駆逐する事態に陥り、多くの人々が苦難の末に拓いた土地を捨て、東へと落ち延びざるを得なかった。

 それから十年を経ても、人はかつての土地を取り戻せないばかりか、年を追う毎に生息圏を狭めて――。


「おねいさん……」


 不安げな声に応えるように、ユーリィは男の子の白く柔らかなクセっ毛に手を伸ばす。


「ちょっと、ぼーっとしちゃってたね。さ、ご飯食べましょうか。お腹すいた?」

「うん。あまいのたべたい」

「甘い物? あるかなー。ご飯もちゃんと食べるなら頼んであげるね」


 飛び跳ねて喜ぶ男の子の手を取り、ユーリィは酒場へと歩き出した。


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