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本当の話


 ギブスが見咎めた黒服の人影は、ヨークタウンを一人で発ったユーリィだった。東へと向かって歩きながら、右手を見遣る。

 南東へ向かう人々が作る列が小さく見える。目指す洞窟がある断崖まで、残り約二マイル(三キロメートル半)ほどだろうか。あの様子ならば、あと一時間半もあれば全員が洞窟に逃げ込めるだろう。

 当初の見立てから変わりはしたが、ユーリィが目論んでいた状況へと着実に至りつつあった。ただ一つの目論見違いがユーリィに追い縋ってきていた。


「お願いですから足を止めて、僕の話を聞いてください」

「嫌です」


 コディに駄々っ子みたいな答えが返される。

 視線を返す素振りもなく、歩く速度が緩む気配もない。

 小さく駆けてユーリィに並ぶと、コディは感情の希薄な横顔に向かって説得を始める。


「幸いにも避難は順調です。天気も思ったほど崩れる様子もない。当初の考えより、少し早いですが、僕らも洞窟に向かっても差し支えない状況です。皆は勿論、僕もあなたも危険をおかさずにすむんですよ」


 ユーリィはコディを煩わし気に一瞥して、足を止めた。


「やっと僕の話を聞いてくれる気に……」


 安堵しかけたコディだったが、巨大な背嚢を地面に下ろして、無言で北の空に向き直ったユーリィの姿を見て、その真意を理解する。


「まさか、ここで竜を迎え撃つつもり、とか言いませんよね……?」

「ええ、そのつもりですわ」


 丁寧だが素っ気なく、隔たりを意識させる口調。自分の言葉がまるで届いていないとコディは焦る。


「だからッ! もう無謀な時間稼ぎをする必要が無いと言っているんです。みんなの避難に万全を期したいという考えは分かりますが、あなた自身も負けると断言する無茶を見過ごせませんよ!」

「私を買い被り過ぎです。殿しんがりとか、囮とか、ただの方便なのに」

「……なんて?」

「私は竜と闘って死ねれば、それでいい」


 素っ気ないどころではない、無機質な声だった。

 ユーリィに追い着くため、ここまで走ってかいた汗が一瞬で冷や汗へと変わる。急速に干上がっていく喉から強引に声を絞り出す。


「……なぜ?」

「なぜですって?」


 分からぬ方がおかしいと言わんばかりの調子で返されて、コディは面食らう。


「あの方が、黒騎士が、喪われたからに決まっています。こんな私を――竜を害せぬ役立たずを側に置き、使いこなした方がいなくなったから。使われぬ道具はやがて朽ち果てる。それならば、自身の幕引きをする場所くらい決めて許されるでしょう」

「なに、何ッ、言ってんですかっ!? 死ぬ? ユーリィさんが? なぜ? ワケ分かんないですよ。僕らの英雄……黒騎士の、従者だけでも、生きててもらわないと僕が、困るんです。でなければ……でないと……お願いします。後生ですから……!」


 上ずった声で、憧れて、頼みとしていた人に懇願するため、歩み寄った。

 近づく気配を察して、振り向けられたユーリィの顔にコディの足は竦んだ。あの昏い瞳。他者を拒絶する視線。これまでの表情が全て作りものと思えるほどに徹底的な無表情。

 ブローチを失くした襟元が、これこそが従者の偽らざる本心だと雄弁に告げていた。想いを伝えんとしたコディの口は弱々しく閉じ、瞳は失望に濁った。


「良かった。ようやく理解いただけた。私に幻滅してくださった」


 微かな笑みの形。穏やかに子供を諭すような調子だった。

 視線はコディから離れ、北の空へと戻る。


「さ、もう行ってください。今は何よりも洞窟に入ることを最優先に――」


 不自然に、言葉が途切れた。

 沈黙して、しばらく。

 微動だにせず、ユーリィがポツリと、吐息と見紛うほど微かに、呟く。


「来た」


 コディは「何が」と言い掛け、飲み込んだ。

 理解した。

 鼓動が暴れ出し、吐息が震えた。

 ユーリィの隣へと駆け寄り、見上げられた視線を頼りに同じ空を見上げる。

 淡く重なる白の向こう、厚い灰色の手前に、次第に大きくなる深緑の点を見つけた。

 咄嗟に背後を顧みて、先ほどと大差のない人々の列を見る。荒野の只中、ようやく道半ばに差し掛かったところだ。

 歯噛みして、唸った。

 乱れゆく息を一度の深呼吸で無理矢理に収め、南の荒野と北の空を交互に見返す。北への視線を横目で残し、コディは避難する皆の元に向かうべく、全力で足を蹴り出した。


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