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小さな兄貴分と弟分


「いいか、男ってのは女を守るもんなんだ。お前も黒い姉ちゃん好きだろ?」

「うん。ぼくまもるよ」

「お前、見所あるな。俺のことをウィル(にぃ)って呼んでいいぞ」

「うん、ウルにに」

「俺達は同士だ。安全な所に逃げるまで俺はアン姉、チビは黒い姉ちゃんを守るんだ」

「うん、ウルにに」


 人けのない酒場の片隅。

 ウィルとチビは向かい合ってしゃがみ込んでいた。ユーリィとアンが連れ立って二階に昇っていった後、残された子供達が打ち解けるまで僅かな時間で十分だったようだ。


「あら、ありがとう。チビくんの相手をしてくれていたのね」


 階段を降りる足音と共にかけられた感謝の言葉に、少年は気恥ずかしさの方が先に立った。


「う、うるせぇな。年下の面倒を見るのは年長者の役目だ」

「あんた、まだこの人への口の利き方、分かってないの?」


 憎まれ口を叩いたチビの兄貴分は、実姉の静かな圧にたじろいだ。

 仲良い姉弟のやり取りに口元を緩めて、ユーリィはチビの元へと寄る。自身の肩掛け鞄のベルトを結わえ直して、小さな背中に背負わせた。

 その姿を気に入ったのか、チビは背中を振り返るようにくるくると回り始める。


「出るよ。準備できてるよね?」

「勿論だよ。逆にアン姉達を待ってたっつの」


 バーテン姿の姉が外套を羽織った上から、大きめな肩掛け鞄を右肩から、弾帯(バンダリア)を左肩から、斜め掛ける様子を見ながら弟は口を尖らせる。

 最後に愛用するショットガンを抱えた姉の姿に余計な感想を口にする。


「……見た目、完全に強盗か無法者」

「うっさい」


 ギロリと不埒な発言者をひと睨みすると、はしゃいだままの幼子の傍らに立った。


「よし、チビちゃん。今日はアン姉ちゃんと行こうか」


 はたと動きを止め、最も心を許す黒いスカートの裾に縋りつく。


「おねいさんといっしょがいい」

「んー……うん、私はちょっとお使いにね。チビくんは連れていけないんだ」

「ぼくおねいさんまもるから」


 引き付けたように吸った息が喉で詰まる。

 震える唇を隠すため、ユーリィは口角を強引に上げて笑顔を作った。


「そっか。今度お願いしようかな。でも、今日はアンお姉さんと行ってくれるよね?」


 こくりと頷く小さな頭をユーリィは撫でた。


「お願いします」

「まかせて」


 短く答えたアンはチビの右手を取る。左手を面倒見のいい兄貴分が握った。促されて、出口へと向かう。真ん中の小さな影が一度だけユーリィを顧みた。

 笑顔を崩さぬまま、ユーリィは三人の後を追った。


 

 午前8時29分。

 当初の予定だった徒歩組に第三陣メンバーを加えた三十二名全員が四マイル半(約七キロメートル)先にある洞窟を目指し、出発を始めていた。

 ヨークタウン東口の粗末な門の脇で、幾人かでまとまって順繰りに歩き出す人々をウェッブとユーリィが見送っている。避難する住人達の最後尾たる役目を負ったウェッブの出発も間近に迫っていた。


「……分かったよ。君が夕暮れまでに私達と合流しなかったら。坊やが持つ手紙の通りにすると約束しよう」

「ありがとうございます」

「だがね、お嬢さん。私はそうならぬことを心から願うよ。厚かましい言い様だがね」


 ウェッブは若者に危険を押し付ける遣り切れなさに口を噤んだ。口を開きかけて思い直し、「行くよ」とだけ言い残して、背を向けた。

 見送ったユーリィが自身の背嚢を置いた軒先まで戻ると、車輪がガタガタと地面を転がる音、馬の息遣いと蹄音が近づいてきた。馬に曳かせた砲車(軽十二ポンド砲)と共にコディがやって来ていた。


「もう皆さん発たれましたよ」

「丁度いいです。ウェッブさん達の制止も聞かずに残った身としては」


 答えたコディは馬を止めると砲車と繋ぐ輓具(ハーネス)を手際良く外し始める。


「……それ、撃てるのですか?」

「はい。これの担当でしたからね。ただ、三人で分担する砲撃準備を一人でやることになりますから、トロい僕には一度の砲撃が精々でしょうけど」

「竜撃ちに暗い私でも知っていますよ。『砲撃は数が揃ってこそ対竜に足る』でしたか」

「念のためですよ。僕らの想定より早く竜が来た時の備えとして。逃げる皆から僕へ、竜の気を引く位なら出来るでしょうから」

「その後……竜の気を引いた後、コディさんは?」

「建物のなかに逃げ込んでやり過ごしますよ」


 渇いた表情で応じたコディは、馬の背に乗っていた大きな雑嚢二つを乱雑に地面に引き落とし、大砲整備に必要な長物の道具ひと揃えも担ぎ降ろす。


「楽観的ですね」

「そうだとしても。このまま逃げ出すなんて。僕は……」


 コディは言い澱んだ。

 この状況に陥った責任を少なからず感じていたからだった。


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