曇りのち雨!?
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ユーリィは部屋のドアが叩かれる音で目を覚ました。窓からは朝陽が射し込んでいる。
昨夜は夜更かしが過ぎたのか、傍らのチビはまだぐっすり寝ている。
腰から足首まで覆う黒革のスーツパンツも脱いで寝ればよかったと軽く後悔して、ベッドを下りる。頭からワンピースを被り通して、扉越しに返事をする。
「おはようございます。アンさん? 今起きたばかりで、これから用意を」
「ああ、おはよう。まだ時間はあるんだけどさ。さっきコディ君が言伝を頼むって飛び込んできて。『雨が降るかも』と伝えてくれれば、きっと分かるって……」
「雨!?」
残っていた眠気が一気に吹き飛ぶ。
弾かれたように窓へと駆け寄り、開け放つと頭を外に突き出して巡らせる。薄っすらとした曇り空ながら、雨の気配があるようには見えない。
取って返して、勢いよくドアを開ける。驚いたアンの顔が目の前に現れる。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「あの、すみません、コディさんは?」
「先に町の東門、ウェッブさんに話をしに行くとかって……」
「少し出てきます。コディさんと話をしてきます」
返答もそこそこにベッド脇へと戻ったユーリィは床に並べていた自身のブーツを手に取る。
アンの脇を黒猫よろしく擦り抜け、廊下を裸足で駆け出すも「あっ」と口にして振り返る。ブーツに右足を突っ込みながら。
「すみませんが、少しだけチビくんを見ていてくれませんか?」
「それはいいけど」
「ありがとうございます。お願いします」
視線をアンに残しつつも、礼を言い終える前にユーリィは駆け出していた。まだ左足は裸足だった。駆けたまま、吹き抜けの二階から一階の酒場へと身を躍らせて、空中で左足をブーツを突っ込む。着地と同時にトントンとつま先を床に蹴り付け、息つく間もなく店外へと飛び出していく。
通りで左右を見回し、東と見定めた方向に猛然と走り去っていった。
*
午前7時48分。
ヨークタウン東門に住民が集まりつつあった。
既に町を発った第一陣の荷馬車組に続き、第二陣となる徒歩組の出発時間が近づいていた。
更に荷馬車組の戻りを待って第三陣として運ぶ予定の荷物も集まってくるなか、家屋の影で徒歩組として出発準備を終えていたウェッブが声を潜めた。
「コディ、なぜ竜の飛来が早まる? 猶予は今日の夕方ではなかったのかね」
「雨の降る気配があります。雨を嫌って竜が行動を前倒す恐れが」
コディの説明に眉を顰めたのは、ウェッブの傍らに立つウォーレンだった。
避難の段取りを仕切っている者として聞き捨てならない話だった。
「事実なら、第三陣の予定を取りやめねばならんが、それはどこまで確信のある話だ? 避難した先で必要となる金や荷物を町に捨て置く、その決断には相応の理由が必要だろう」
「その通り……だと思います」
「まあ順番に聞こう。論点は二つか。雨は竜の行動を前倒させるのか? 実際のところ雨は降るのか? だが」
ウェッブは親指と人差し指を順番に立てた。
「一つ目はどうかね?」
「……そうだと聞いたことがあるだけです。実際を知っているわけではありません」
「その点はユーリィ嬢の見識に頼りたいところですな」
ウォーレンの意見にウェッブは頷いた。
「二つ目は?」
「これも確信があるわけでは。前に受けた講義と似た様子だから、です」
「講義?」
「風の感覚、雲の形、空の色、空飛ぶ鳥の様子、他にも。隊長に教わりました」
「昨日のあの隊長?」
「そうです」
ウェッブは大きく息を吸った。
「念のため、第三陣は予定変更の余地を作るとしようか。ウォーレンは荷馬車組の戻りを待たず、徒歩で第三陣の出発が出来るように荷物の選定を頼めるか。あと、徒歩組の男衆が無理なく運べる分の荷物も選んでおきたい」
「徒歩組の出発まで、あと三十分ほどですか。間に合わせましょう」
懐中時計を確認したウォーレンは即答した。
「コディはお嬢さんを呼んどいてくれるか。雨で竜が行動を早めるのか確認しておきたい」
「はい。ですが、あちらに……実はここに来る前、アンに言伝をしてきたので」
コディは視線を通りに向けた。
こちらへ向かって駆け寄ってくる黒い人影に気が付いていたからだ。話題の彼女を呼び寄せようと手を上げた所で異変に気付く。
駆ける速度が増した。
足を緩める所か身体の前傾を更に深く。力強い蹴り足が一段と大きな土埃を巻き上げた。黒いスカートの裾が狂ったようにはためいた。
「ちょ、ちょッ、ユー……えぇ!?」