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東へ向かう先発隊

***


 夜の冷気の名残を昇る太陽が退けつつあった。

 東へと伸びている狭谷道に射し込む光は息つく毎に強くなっていく。

 日の出と共にヨークタウンを離れた三台の荷馬車と随走の二騎は狭くなった道幅に合わせて一列で進んでいる。

 列の最後を騎乗したアリスンが逸る気持ちを抑えて続く。

 竜の縄張りの外とされるウィスキンまでは片道一時間半ほど。今日は正午過ぎまでに、もう一往復する計画だった。

 襲来の期限は今日の夕方を見込こんではいたが、早く事を済ませたい、早く安心をしたいという気持ちは竜の恐ろしさを知る者にとっては仕方のないことだった。

 息苦しさを感じてアリスンは胸元に手をやる。とっくにシャツの首元のボタンは外され、肌着が見えるほどに胸元が開いていた。きまり悪く感じながら、無精ひげを撫でて狭谷を見上げる。

 東へ抜ける最短の道ではあるが、両側から迫り出す岩棚は普段より大きな圧迫感を伴って、焦る心を覆うばかりだった。

 ふと、五十フィート(約十五メートル)はある岩棚の上、視界の隅で何かがチカリと光った気がした。

 突然、アリスンは肩に途轍もない衝撃を受けた。

 のけ反って馬の背に乗せていた尻がずり落ちるのを感じたと同時に上方でくぐもった轟音が響く。有り得ない振動。落馬するアリスンの視界を覆っていく土埃。降り注がれる石礫(いしつぶて)

 地面に投げ落とされて、痛みを堪えて、それでも頭を庇って身を丸めたままで、しばらく――。

 ようやく音が収まってアリスンが薄目を開ける。パラパラと落ちる砂や土の粒を感じながら、身体を起こそうとした。


「ッ、ぃってぇ」


 激痛に思わず呻き声を上げる。埃に塗れて土色で汚れた身体のなか、肩口だけが、じゅくじゅくと広がる赤黒い染みで濡れていた。しかし、眼前の光景に痛みを一時、忘れる。


「嘘だろ……おい」


 細く続いていた道は消え、そそり立つ壁が出来ていた。

 右の岩棚がえぐれ落ち、巨岩と大小の岩々と土砂によって道は完全に閉ざされていた。

 左肩に響く痛みに顔を歪めて、大声を張り上げる。


「おーーい! 誰かぁ! 大丈夫かっ! 誰か返事をしてくれ!」

「っ……アっア、リスンさん?」


 咳込みながら返された声が大岩の向こうから小さく返ってきた。


「ヴィンスか!? そっちの様子は? 無事かッ?」

「……はい! 全員無事です。でも、最後尾の荷台が岩の下敷きに!」


 最後尾の荷馬車は家財だけを載せていたことを思い出し、アリスンは胸を撫で下ろす。


「よし、お前らはこのままウィスキンへ行け! ヨークに戻る必要なし! いいな!」

「……分かりました! アリスンさんは?」

「この事をヨークに報せに戻る! その後のことはウェッブ達と決める」

「……はい! お気をつけて!」


 会話中にも人のざわめき、馬の嘶きが混じっていた。

 潰れた荷馬車から無傷の馬を外しているのか。恐らく、あちらは直ぐに出発できるだろう。


「……い……っってぇな……ッくしょう」


 吐息に苦痛と悪態を混じらせて、アリスンは立ち上がる。

 乗っていた馬が遠く離れた狭谷道の入口付近で、不安そうにこちらを窺う姿が見えた。落石に驚き、堪らず逃げ出したのだろうが、そのまま遁走してしまわなかったことは幸いだった。


 ――町に戻らねぇと。


 肩から激しい脈動を感じる。土色に汚れた額と頬を脂汗が伝う。アリスンはくじけそうになる心を奮い立たせ、よろよろと狭谷道を引き返していった。普段の豪気さが完全に失われた弱々しい背中だった。


 ……その背中をせせら笑って見送る者がいた。

 アリスンの遙か頭上。えぐれ崩れた岩棚の淵に立った軍服を着た男だった。


「隊長があの男を生かしておくとは思いませんでした」

「あれはあれで生かしておく理由がある。それにショーは生け贄が多いほど盛り上がる」

「ショー……ですか」


 畏れの色が副長の無表情な顔に滲む。

 ギブスはライフルで肩をトントンと叩きながら、背後の副長を目の端に収めた。


「特等席で見物する迫力満点な竜の蹂躙ショー。しかも、ボーナス付きだ」

「……竜に住民を処分させ、残された金品を頂戴する。確かに今回の損失補填には十分でしょうが」

「懸念が?」

「私には竜の飛来が()()()()()になるとは、とても思えないものですから」

「だろうな。だからこそ俺が特別で、ウチが今まで巧くやって来られた理由だ」


 心なしか強まる風を頬に受け、ギブスは狭谷道を見下ろしていた視線を左に転じる。

 草木もまばらな岩棚から、その先に広大な荒野、更にはヨークタウンを臨む。


「東への逃げ道だった狭谷道を潰し、竜の飛来前に住民どもがこの荒野から抜け出る目を無くしてやった。ただ、酒水筒(スキットル)を傾け、愉快なショーの見物を決め込む前に、まだやらねばならぬことがある。そうだな? 副長よ」

「は、急いで潜伏陣地を構築せねばと理解しております」

「結構」


 上官の人を払う手振りに応じて、踵を返した副長はコディと同じく町に居残って命を拾った砲兵二人を指示を発した。


「トカゲとハサミは使いようか」


 ギブスは独り言ちた。あの酒場にいた面々を思い、嗜虐心で唇を歪ませた。


「俺への金を惜しんで竜に弄ばれる結末か。憐れだねぇ」


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