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竜は心に呪いをかける


「何で、あんたがヘコんでるのさ」


 アンが呆れながら、表情の硬いままのユーリィを見遣った。


「気ィ使わなくていいって。アタシ、今すごく気分がいいんだ。あなたが黒騎士の縁者で、余所の人だからかな。素の自分を出してる。甘えちゃってもいる。こんなに明け透けに話してるのどれくらいぶりだろうってくらいにさ」


 歪な鼓動を感じながらも、硬くなった心が解けていく感覚。アンは笑みを浮かべた。カウンターでは見せない、柔らかな笑顔だった。


「それにさ、まだまだガキんちょの弟を一人ぽっちにはさせれないからね。負けるつもりはないよ。最近、いろいろと重なっちゃって調子崩してるけどさ、まだまだ……おっかなくて強いアン姉を頑張れるはずだよ」


 ようやく二人の視線が交わった。

 不意打ちの男前なウインクに今度はユーリィが目を丸くして、ようやく表情を緩めた。


「だから、このことは誰にも内緒。お願いね」

「ええ。絶対に」


 ユーリィはアンに微笑みで返してから、土いじりを始めていたチビに視線を転じる。


「チビくん、ちょっとおいで」


 ユーリィの声に応じて、チビが顔を上げた。

 いじっていた地面を気にしながら、てててっと戻ってくる。


「おねいさん、なあに?」


 しゃがんでチビを迎えたユーリィは小さな耳に口を寄せる。


「……ね?」

「うん。いいよ」


 チビは朗らかに返事をすると、階段に座ったアンの方へと向き直る。

 おもむろに首から下げたものを外そうしたが、首紐が頭に引っ掛かり動きに窮してしまう。ユーリィに手伝ってもらいながら、なんとか外したものを両掌の上に乗せてアンに差し出した。


「こわいおねいさん、これあげる」


 チビの言い様に苦笑いを浮かべつつ、可愛らしい掌の上にある細長いペンダントを受け取る。サイズはショットガンの薬莢ほど。柔らかな布の感触から小さな巾着袋だと知る。


「ありがとう……でも、これなんだろう?」

「こわいゆめをみなくなるおまもり」

お守り(アミュレット)?」

「この子が夜泣きをするから持たせていたんです。何種類かのハーブが仕込んであります。効果は緊張緩和と鎮静、不眠の改善……それと()()()()


 意外な言葉を聞き咎め、アンは白いクセっ毛越しにユーリィを見る。


「なんか、最後のだけ穏やかじゃなかったね」

「大陸先住民の人々は、くだんの病を〝呪い〟と呼ぶそうです。そのお守りは身に着けた者を呪いの苦痛から救うものだとも。彼らから竜狩りの作法を教わった黒騎士が作ったものですから、正式なものです。少しはお役に立つかと」

「いいの? 貴重なものなんじゃない?」

「いえ、私も作れますし。ただ、直ぐにお渡し出来るものがこれしかなくて」

「そ。じゃあ、ありがたく頂こうかな。チビちゃんもありがとね」


 礼を言われ、照れくさそうな顔をするチビの頭をアンは優しく撫でた、が。


「でっ! もっ! 誰が〝こわいおねいさん〟だっ!」


 頭を撫でる手がするりと流れて、チビの脇に滑り込む。もう片方の手も反対の脇に付いた途端、わしゃわしゃと指がくすぐりを始める。

 チビが身をよじり、きゃあーと笑いとも悲鳴ともとれる声を上げる。

 しなやかでせわしない長い指の動きに反して、アンは穏やかに目を細めた。


「懐かしいな。ウィルもこんな可愛い時あったな」

「今も十分可愛いじゃないですか」

「それは、まあそうなんだけど、あれは生意気盛りの可愛さだから。こう癒される可愛さっていうのとは違うかな」


 指を止め、小さな脇腹、背中へと手をやる。


「だからちょっと補給させてね」


 膝を付き、チビを真正面から抱きかかえた。

 胸元でモゴモゴとした動くさまが嫌ったものではないことに安心して、日向の匂いがする白い頭に顔を埋める。


「こわ、きれいなおねいさん、さむいの?」


 チビの問いに返答はなかった。

 自分を包み込む大きく柔らかな身体が微かに震えている。小さくも温かいほっぺたを目の前の白シャツに懸命に寄せて、チビは思った。

 この怖くて綺麗な人が寒くなくなれば、震えが治まればいいなあ、と。


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