何故か奴隷が甲斐甲斐しくなりましたわ?
ちょっとした騒動が起きてしまったお茶会でしたが、挽回の機会は割とすぐに訪れましたわ。あのガキだけ招かず、もう一度あのメンバーで子供達だけのお茶会が行われましたの。
子供達だけのお茶会の席では、私は義弟を守るため正当に怒りを燃やした正義の人とこれでもかと褒め称えられましたの。カッコいい、ファンになったという子供までいましたわ。評判が落ちるどころか上がっていてホッと胸をなでおろしましたの。
ちなみにあの騒動の後、何故かルーセルは私に対してさらに忠義を尽くすようになりましたわ。奴隷としてワンランクアップした義弟に笑いが込み上げますわ。これで益々私の悪役令嬢としての演技が捗りますわ!
僕ことルーセル・ロジェ・プロスペールは、最近両親を馬車での不幸な事故で亡くした。僕はその場にいなかったから事故は見ていない。けど、馬車を見るたびゾッとする。今だに怖くて怖くて仕方がない。
父と母を亡くしてすぐは、またひょっこり両親が帰ってくる気がして。涙すら出なくて、突然の事態にどう考えればいいかわからなかった。でも、葬儀を執り行うと突然両親との永遠の別れを実感して。わんわん泣いて棺にすがる僕を、葬儀に参加してくれた親戚達は憐れむように遠巻きに眺める。
そんな僕を優しく抱き寄せて、棺からそっと離す人がいた。棺をお墓に埋めて、お祈りをして、その間もずっと泣く僕の頭を撫でてくれた。その優しい女の人は、マチルド・ローザ・プロスペール。このすぐ後に僕を養子に引き取ってくれた優しい義母だ。
「ルーセル。これからお前はどうしたい?」
「…叔父上の決定に従います。僕はもう、泣き疲れてしまいました」
「ルーセル…お前はまだ若い。絶望するには早い」
「叔父上、ありがとうございます。でも…僕はもうどうしたらいいのか…」
「ルーセル…」
そんな僕は、両親を亡くしたため一時的に保護施設に預けられた。僕はまだ幼いため爵位なんて継げない。領地を治めることも出来ない。父の弟である叔父が爵位を継いで領地を治めることとなった。
幸い、叔父はお人好しという程でもないがそれなりに善人だ。もしもの時のために、昔祖父の元で領地経営を学んだこともあるらしい。領民達は心配しなくても、これからも上手くやっていけるだろう。
問題は、僕の処遇だけだ。
「…僕は、叔父上の邪魔になりたくありません。だから、このまま保護施設に置いておくか養子にでも出してください」
「邪魔だなんて寂しいことを言うな!俺はお前も大切に思ってるから…」
がっと思いっきり僕を抱きしめる叔父上。
「お前を養子にもらって、これからも伯爵家の跡取りにすることも出来る」
「やめてください。叔父上の子供である従兄弟達を後継者にしてください。僕の可愛い従兄弟達はみんな、まだ僕以上に幼いけれど…今のところ性格も良いし安心して任せられます」
「お前ならそう言うと思った。…もう一つ、お前を養子に貰いたいという話がきている」
僕は少し驚いた。
「え、なんでです?誰でしょう?」
「子供が女の子一人しかいない公爵様だ。優秀な親戚の子供が欲しかったらしい。お前は子供にしては大人びているし、公爵様とは薄くとも血の繋がりはある。血の繋がりを言うなら俺もだけど。ということで、誰も損をしないしお前は期待されている。どうする?」
「…どうすると言われても。邪魔にならないならお願いしたいですが」
「なら決まりだな。近々公爵様が奥様を連れて顔を見に来る。…大事にしてもらえよ」
「ありがとうございます、叔父上」
その後、僕の顔を見に来た公爵様。奥様を見て、あの時の人だと僕は驚いた。
「ルーセルだな?私はラウル・オダ・プロスペール。公爵位を賜っている。うちの養子になる覚悟は出来たかな?」
「はい、公爵様。…あの、奥様。葬儀の時はありがとうございました」
「あらあら、覚えていてくれたのね。気にしなくていいのよ。あと、お父様とお母様と呼んで」
「…では、義父上、義母上と」
「ありがとう、ルーセル」
その日は本当に顔を見にきただけですぐに帰った義父上と義母上。その後、正式な手続きを踏み養子縁組が成立した。そして、保護施設から公爵家の屋敷に向かうことになった。その移動手段は当然馬車。歩きでは遠すぎるからだ。僕は恐怖でゾッとした。それでもなんとか馬車に乗り込んだが、馬車酔いと恐怖で何度も吐きそうになった。
どのくらいそうしていたのか、なんとか着いた公爵家。馬車から降ろされると、そこには義父上と義母上ともう一人女の子がいた。義父上と義母上から、同じ年齢だが一応義姉になる人がいると聞いていたので彼女だろう。名前はたしかミシュリーヌ。
僕はそんなことを思いつつも気持ち悪くて吐きそうで口元を隠した。そうすると、義姉になるその人が駆け寄ってきた。
「大丈夫、大丈夫よ」
「え…」
僕を抱きしめて背中を撫でる義姉上。
「吐いてもいいわ。我慢したり無理しないで。いい子いい子」
優しく抱きしめたまま背中を撫でてくれた。僕の震えと少しだけ荒かった呼吸は落ち着いた。
「…ありがとうございます」
義姉上から離れる。涙目でかっこつかないけど、笑顔でお礼を言う。すると義姉上もにっこり笑って返してくれた。
「ふふ、落ち着いて良かったわ。よく頑張ったわね、偉いわ」
頭を撫でられて、僕は赤面した。優しい人だと思った。見た目は父親譲りみたいだけど、中身は母親に似ているらしい。優しさがそっくりだ。
僕はその出会いから数日、ずっと義姉上の役に立ちたいとそればかりを考えていた。勉強がなかなか忙しくて難しいけれど、少しでも義姉上のそばに居られるよう努力した。
そんなある日、子供達だけでのお茶会に参加することになった。参加というか、一応主催側だけど。聞くところによると義姉上は同じ年頃の子供達とのちゃんとした交流は初めてらしい。僕が守りたいと思った。
「…そういえば。ミシュリーヌ様の義弟殿は本来、セタンタ伯爵領の跡取り息子だったとか」
「…ええ。僕はそこの一人息子でした」
そしてお茶会の席。空気を読まないクソ野郎がいた。ピリッと空気がヒリ付いた。他の子供達は突然の会話の流れに戸惑い固まっている。
「伯爵家の方は、実のお父様の弟君に継いでいただいたとか。それにしても伯爵家の跡取りから公爵家の跡取りになるなんて、上手くやりましたねぇ」
「…そんなことはありません」
「おや、気を悪くしましたか?褒めているのですよ?」
実の両親への想い、今の…公爵家の家族への想い。色々な想いが頭をよぎる。怒りを覚えつつも場を壊さないように必死に我慢する。するとなんと、義姉上の方が先にキレた。
「嘘を吐くな、カス。消えろ。私の義弟を貶めるな」
義姉上の突然の暴言に、僕を含めて全員が目を見張る。
「…失礼致しました。つい。…私の義弟を貶める発言、たしかに聞き届けましたわ。リゼット。お母様に緊急でご報告を。我が公爵家の正統な跡取りが貶されたのです。然るべき対応が必要ですわ」
「は、はい!ミシュお嬢様、緊急でご報告をしてきます!」
「え、あ、待ってください、そんなつもりは!」
「そんなつもりでなければどんなおつもりかしら。場を壊してまで私の可愛い義弟を貶めるなんて。絶対許しませんわ」
その後、当然の流れでお茶会はお開きに。後日、事実確認の後ミレイユ侯爵夫人とあのクソ野郎からは家にも僕にも正式に謝罪があった。なお、事実確認の報告を読む限り義姉上の暴言はなかったことになっていた。
僕はその後、義姉上に益々尽くすようになった。といっても、子供の僕に出来ることなんて美味しいおやつを少し譲ったりだとかその程度だけど。
幸い義姉上の評判に傷が入ることもなく、むしろ義姉上は人気者になったようなので心底ホッとした。