スラム街に第一王子殿下と護衛と一緒に視察に訪れましたわ
「やあ、ミシュリーヌ」
「殿下、ごきげんよう」
今日はスラム街に視察に行きますわ。シルヴェストルが一緒なのがとても不安ですけれど。
「うふふ、殿下とご一緒できるなんて嬉しいですわ」
「僕としては、初のデートはもっとロマンチックなところに行きたかったんだけどね」
「まあ。では、次は一緒に観劇に行きましょうね」
「いいね。…さあ、お手をどうぞ」
シルヴェストルのエスコートで馬車に乗り込む。
「スラム街への視察は初めてだな。ミシュも初めてだよね?」
「もちろん初めてですわ」
「汚いし臭いというイメージだけど」
「まあ、それは否めませんわね。でも、そういった方々にこそ国が支援をする必要があると思いますの」
「国の支援…?」
きょとんとするシルヴェストルに言う。
「例えば、更生施設を作るとか」
「更生施設…」
「衣食住を保証し、社会復帰のための技術を身につけさせるんですの」
「技術って、色々な職人技を教えてもらうってことかい?」
「ええ。簡単なことではないし、時間もお金もかかりますわ。でも、スラム街を放置するより治安は絶対良くなりますし、本人達も助かるはずですわ」
シルヴェストルは目をつぶって考える素振りを見せて、そのあと頷いた。
「ミシュ。その案を父上に奏上していいかな?もちろんミシュのアイデアだとも伝えるから」
「ええ。でもすんなりと通ることはないと思いますわ。財源の確保も必要ですし」
「それだけど、スラム街の浄化作戦を提案する貴族達がいてね。父上も予算をつけてスラム街を一掃しようとしていらっしゃる」
「…穏やかじゃありませんわね」
「だから、それを回避する策として同じ予算を浄化作戦ではなくミシュの更生施設案で使ってもらえないか話してみるよ」
晴れ晴れとしたシルヴェストルの表情に、シルヴェストルもなんだかんだできちんと民のことを考えているのだなぁと感心する。
「ふふ、殿下は素敵な方ですわね」
「え」
「民を守ろうとするその姿勢、ご立派ですわ」
そしてシルヴェストルの頬にキスをした。
「…っ!?」
「大好きですわ、殿下」
無論嫌がらせである。おもちゃを使ったイタズラや意地悪は禁止されているので、押せ押せで好き好きアピールをして嫌われることにしましたの。悪役令嬢ミシュリーヌがシルヴェストルに嫌われる理由も、これでしたものね!
案の定シルヴェストルは顔を真っ赤にして怒っていますわ。
「…卑怯だ」
「うふふ、そうですわね。不意打ちでしたものね。ごめんあそばせ」
「そう言う意味じゃない」
ぷいっと顔を背けるシルヴェストル。ああ、やっぱり私は悪役令嬢の演技が上手いですわ!
スラム街に到着すると、シルヴェストルと共に馬車を降りる。シルヴェストルと手を繋いでスラム街を歩く。
「みんなお腹だけ膨れていますわ」
「空腹を紛らわすために水ばかり飲むとああなるらしいね」
「心配ですわ」
「帰ったらすぐ更生施設の案を父上に奏上するから、もうちょっと待っていて」
「殿下、ありがとうございます」
腕を絡ませてにっこり笑う。もちろん嫌がらせ。シルヴェストルはまた顔を真っ赤にして背ける。
「あら…子供が倒れていますわ!」
「あ、ミシュ、待って!」
子供が倒れているのを見て、ネルかもと思い近づく。残念ながらネルではなかったが、ここで見捨てると怪しまれるのでそのまま演技を続ける。
「もし、あなた。どうされましたの?」
「お、お腹空いた…」
「私、いつも非常食として日持ちの良い小さなサイズのパンを持ち歩いておりますの。お食べなさい」
性別不詳の髪の長い子供にソランジュのお店のパンと紅茶の入った水筒を渡す。
無我夢中で食べて飲む子供の背中を撫でてやる。
「ミシュ、その子どうするの?」
「殿下…もしよろしければ、連れて帰っていいかしら?私の屋敷で使用人として雇いますわ」
「僕は構わないけれど」
「ありがとうございます、殿下。お心遣い、感謝しますわ」
子供から離れてシルヴェストルにぎゅっと抱きつく。シルヴェストルはまた顔を真っ赤にして怒る。
「あの、お姉さん。ご馳走さまでした」
「ええ、お腹いっぱいになったかしら?」
「うん…あのね、私お兄ちゃんがいるの。血の繋がりはないけど、養ってくれるお兄ちゃん。最近全然帰ってきてくれなくて…一緒に探してくれる?」
「まあ…どんな方かしら?」
「ネルお兄ちゃんっていうの」
!!!
「もちろん探してあげますわ」
「ミシュ、いいの?」
「はい、殿下。よろしくて?」
「僕は構わないけど」
「では行きますわよ?えっと…お名前は?」
私がそう問えば、その子は答える。
「ネイ!」
「ネイね。私はミシュリーヌ。よろしくお願いしますわ」
「うん!」
ネイとともにネルを探すことになりましたわ。
「…ぐぅっ」
しばらくスラム街をくまなく探索して、スラム街の最奥でようやくネルを見つけましたわ。
「ネルお兄ちゃん!」
ネイが走りよりますわ。
「ネイ…?なんでこんな奥まで…」
「私が連れてきたんですの」
私が前に出れば、警戒した表情のネル。
「ネイ、人を簡単に信じるなって言っただろ」
「でも、パンとお茶くれたんだもん。お兄ちゃんが帰ってこないから、お腹が空いて死にそうだったんだよ」
「…悪かった」
ネルは私に向き直る。
「ネイを助けてくれて感謝する」
「ええ。とりあえず、怪我を手当てしますわね」
「は?要らねーよ」
「いいえ、必要ですわ。今日から貴方達には私の屋敷で働いてもらいますもの」
「え?」
驚いた表情のネルに、私は微笑んだ。
「朝昼晩の食事付き、昼寝付き、業務内容は私の専属護衛。この条件でどうかしら?お給金ももちろんお支払いしますわ。金額は帰ってから私のお父様と交渉なさって?」
「…いいのかよ?俺なんかを信用する気か?こちとらスラム街育ちの底辺だぞ?」
「だって、ネイがこんなにも懐く方ですもの。信用に足りますわ」
ネルは頭をかいて、それから私に頭を下げた。
「妹ともども、よろしくお願いします。お嬢様」
「ええ。では、スラム街の視察も十分にできましたし帰りましょうか」
「お前たち、この兄妹をお前たちの馬に乗せてやってくれ」
「はい、殿下」
こうして見事に、ネルを手元に置けることになりましたわ!でも、ネイは〝瑠璃色の花束を君に〟には出てきませんでしたけど。ソランジュのお店の向かいのパン屋といい、知らない設定ばかりですわ?まあ、語られなかった裏事情、というやつかしら?




