王妃殿下から勉強を頑張っているご褒美をあげると言われたので、隠しキャラと出会うためにスラム街の視察に行きたいと言ったらものすごく感動されましたわ
今日は王妃殿下にお呼ばれして、王妃殿下とお茶を飲んでいる。
「ミシュリーヌ。茶は美味しいか?」
「ええ、王妃殿下。とても素敵なお味ですわ」
王妃殿下は凛とした佇まいで、すごくかっこいい。私としても完璧な悪役令嬢として、目指すべきはこの存在感だと思う。
「お菓子もとても美味しいです」
「そうか。それは良かった」
…さて。本題はなにかしら?
「それで、本題だが」
「ええ」
「どうも、家庭教師にも私が手配した講師にも貴族学園の生徒レベルの教養があると認められたそうだな」
「はい。その通りですわ」
「まさに神童。天晴れだ」
…褒められるのは嬉しいけれど、それだけ?
「ありがとうございます。王妃殿下にそう言っていただけて嬉しいですわ」
「ああ。そこで、褒美を与えることにした」
「褒美ですか」
「ああ。それだけの教養を身につけていながら、謙虚に誠実に魔法学などを頑張っているようだからな。特別だぞ?」
にっこり微笑む王妃殿下。これはネルを迎えにいくチャンスですわ!
「それでしたら、王妃殿下。私、スラム街の視察に行きたいですわ」
「ほう?それはなぜだ?」
「え、ええっと…スラム街の状況を知ることで、私に何ができるのか考えたいんですの」
嘘八百を並べてにっこり微笑む。騙されてくださるかしら…?
「…そうか、そなたは立派だな」
な、なにかしら。ものすごく感動されましたわ?
「私がそなたくらいの頃にはそんなことは考えていなかったが。そなたは実に立派だ。いいだろう、護衛を与えるから我が息子と共にスラム街へ視察に行くといい」
「え、第一王子殿下とですか?」
「ああ、息子にも学ぶべきことを学ばせたい。…邪魔か?」
「いえいえ、滅相もございませんわ!」
正直邪魔ですわ!でも馬鹿正直にそんなこと言えませんわ!
「それは何よりだ。では、早速明日スラム街に派遣してやろう。護衛は少数精鋭で良いか?」
「もちろんですわ」
あんまり多く引き連れて、ネルを保護できないと嫌ですもの。しかし、シルヴェストル…邪魔ですわね。
「では、そういうことで褒美は決まりだな」
「ありがとうございます、王妃殿下。感謝致しますわ」
「ふっ…将来の義娘のためだ。このくらいは当然だ」
ああ、王妃殿下の立ち振る舞いはまさに理想ですわ!私も王妃殿下のようにかっこいい悪役令嬢を目指しますわ!
そして本当に棚からぼたもちで、ネルを迎えに行くことが出来てラッキーですわ。はやく当日にならないかしら?
「…ふむ」
ミシュリーヌとのお茶会の後、私は一人私室でワインを飲んでポツリと呟いた。
「スラム街へ視察に行きたい、か」
なんと健気な娘だろうか。そこまで民に寄り添う貴族もそうはいない。
「息子には恵まれたが、娘も案外可愛いものだな」
あの子が義理とはいえ娘になると思うと、将来が楽しみである。
「シルヴェストルをからかって遊んでいたと報告を受けた時にはとんだじゃじゃ馬かと思ったが、蓋を開けてみれば噂通りの思慮深く健気な少女だったな」
噂で、義弟のために怒ることの出来る正義感の強い子で出来も良いとは聞いてはいたが。
「しかも謙虚で健気で可愛げもある。シルヴェストル本人も婚約者であるミシュリーヌをいたく気に入っている様子だ」
シルヴェストルの前だとなぜかじゃじゃ馬になるのは、おそらく照れ隠しか何かなのだろうな。可愛らしいものだ。
「シルヴェストルもミシュリーヌを気に入り、ミシュリーヌもシルヴェストルに懐いている。おまけにあの憐れな第二王子とも上手くやっている様子だ。ここまでくればもう文句のつけようもないな」
だからこそ、少しだけ心配だ。
「あの子も所詮はまだ幼い子供。周りからの期待という重圧に苦しまないかは心配だな」
とても良い子だからこそ、それだけはどうしても心配になる。
「シルヴェストルが上手くあの子の支えになると良いが」
シルヴェストルもミシュリーヌと同じく神童扱いされているが、ミシュリーヌにはやはり劣る。それが原因で二人の仲に亀裂が生まれないかも心配だ。
「シルヴェストルと手を取り合って、支え合う夫婦になって欲しいものだな」
ワイングラスを揺らす。こくりと飲む。やはり私はお茶もいいがこちらの方が性に合う。
「…まあ、ともかくしばらくはミシュリーヌのお手並み拝見、といったところだな」
ミシュリーヌがもしダメでも、貴族のご令嬢などいくらでもいる。重圧に押しつぶされたならそれはそれまで。
ただ、せっかくの逸材なのでやはり手放したくはないのでシルヴェストルにも上手く立ち回って欲しいとは思うが。
純粋に心配な気持ちももちろんあるし。
「私が子供の頃は、それこそじゃじゃ馬だったなぁ」
あの頃が懐かしいと思う。野を駆け回り、剣術の稽古に明け暮れていた。そんな自分がまさか、王妃になるなど露知らず。
「辺境伯家の娘として、文武両道を目指していたのに突然王太子妃に任命されて。あの時は大変だったな」
活発であることも褒められていたのに、一転しておしとやかであることを強要されて。あの頃は本当に辛かった。
「それでも、負けずに食らいついた。負けず嫌いの性格が功を奏したな」
そして今がある。
「ミシュリーヌは、芯の強さも感じるがやはりどこか儚さを感じる」
おつまみのチーズを一口食べる。美味しい。
「…シルヴェストル。絶対あの子の手を離してくれるなよ」
そのつぶやきは、私の祈りでもあった。




