こっそり家を抜け出したから義弟と一緒に怒られましたわ!
市街に出た私。思えば悪役令嬢として生まれてこの方、ずっと屋敷で生活してきたので初めての市街ですわね。
「まあ、活気に溢れていますのね!」
うんうん。素敵な街並み、活気に溢れる商店。実に賑わっていて結構ですわ!
「はい!特に我らがプロスペール領は、旦那様のお陰で経済的に余裕がありますから」
「でも、それでも貧しい人はいるものなのね」
「…はい。でも、そればかりは仕方がありません」
「そう…そういう現実こそ、私はこの目に焼き付けなければいけませんわね」
悪役令嬢として、生涯をかけた演技をする。それが第一目標。でも、そのあとは。もし、まだその後の人生が続くのならば。私は貴族の端くれとして、悪役令嬢としての罪を背負いながらも世の中をより良くする努力をしなければならない。
一応、貴族として生まれた者の最低限の心得くらいはありますもの。
「ミシュお嬢様…ご立派です!」
「では、何から見て回りますか?義姉上」
「そうねぇ…パン屋を見たいの」
「パン屋、ですか?」
「ええ」
ヒロインソランジュの実家はパン屋ですもの!
「何故パン屋なんですか?義姉上」
「え?ええっと…そ、そう!主食といえばパンですもの!一番市民の生活を反映していると思いますの」
「なるほど…それなら、最近出来た有名なパン屋さんがあるんです!ご案内致します!」
張り切るリゼットに案内されて、パン屋に向かう。そこには行列のできる新しいパン屋が。
「…まあ、すごい人気」
でも、店内をちらりと見てもソランジュらしき姿はない。
「…ねぇ、リゼット。こことは別にパン屋はないかしら」
「あ、もちろんありますよ。前からあったお店なんですけど、ほら、このお店の向かいの」
「…!」
いた!ソランジュ!
「あ、あのお店には全然人がいませんわ?」
「向かいに新しいお店が出来て、超人気店になってしまいましたから…あちらのお店は経営が厳しいと思います」
「…リゼット、あちらのお店とこちらの人気店の両方のパンを食べ比べたいですわ」
「すぐに買ってきます!ただ、こちらのお店は並ぶので少しお待ちくださいね」
リゼットがパンを買ってくれる間に、ソランジュを遠目で確認する。
設定上たしかに裕福な家庭ではなかったはずだけど、あんなに痩せて…私のライバルとして、あれで大丈夫なのかしら。
「心配ですか?義姉上」
「…そうね」
「なにか手を打ちますか?」
「その辺りも含めて、まずはパンを食べ比べてみて考えますわ」
「義姉上は優しいですね」
ルーセルの言葉に首をかしげる。私は別に優しいわけではない。
「そう見える?」
「ええ。自覚のないところも含めて、僕は義姉上を尊敬します」
「…そう?」
「はい」
そんな会話をしていると、やっとリゼットが人気店のパンを買って戻ってきた。
「お待たせ致しました!こちらが前からあったパン屋のパン、こちらが人気店のパンです」
「では、まずは元からあるパン屋の方から…ああ、クロワッサンを買ってくれましたのね?ありがとう、リゼット。飴玉をあげますわ。…では、早速いただきますわ」
「はい!」
さりげなく私の好物を買うリゼットに、いちごの飴玉を渡して労う。そして一口クロワッサンを食べると…正直言って感動した。
「まあ…!このクロワッサン、信じられないくらいサクサクで美味しいですわ!味も香りも申し分ないですわ!ルーセル、貴方も一口食べてみなさい!」
ルーセルに食べかけのクロワッサンを差し出すと、顔を赤らめるルーセル。
「ルーセル?」
「えっと…いただきます」
ルーセルはなんだかとても照れた様子でクロワッサンを食べる。お姉様から好物を譲られたのがそんなに嬉しいのかしら?可愛い奴隷ですわね。そんなルーセルは、しかしクロワッサンを味わうと顔色が変わった。
「…随分美味しいですね?これで売り上げが落ちるなど、おかしい気もしますが」
「そんなに人気店の方が美味しいのかしら?」
そして完食すると、次は人気店のクロワッサンを食べてみる。
「いただきます…うん、美味しいですわ。美味しいのですけれど…正直、さっきのクロワッサンの方が好きですわ。ルーセル、貴方も確かめてくださる?」
「は、はい。いただきます…あー。そうですね、先程のお店のものの方がサクサク感があって良いと思います。先程のクロワッサンの方が、バターの風味も感じられましたし」
「…他に何か、理由があるのかしら?リゼット、心当たりはある?」
「その…噂程度のことなのですが」
「いいですわ。教えて?」
リゼットはこそこそと私とルーセルにだけ聞こえるように声をひそめる。
「元からあったパン屋の方の悪い噂を広めている人がいるかもしれません。味が悪いとか、店員の態度が悪いとか。私も聞いたことがあります。ただ、噂が本当かはわかりませんけど」
「…もしかしたら、人気店の方のパン屋からの妨害の可能性もありますわね」
「そうですね、義姉上」
「どうせ帰ってから謹慎処分を受けるなら、その間に色々考えようかしら」
「それもいいかもしれませんね」
とりあえず目的は果たした私は、その後市街の他のお店などの様子なども見て回ってから屋敷にこそっと戻りましたわ。でも、結局屋敷から抜け出したのはバレていて大目玉をくらいましたわ。
そして絶賛、謹慎期間突入ですわ。今回はルーセルも謹慎処分をくらいましたわ。




