悔しそうに涙目になる第二王子殿下にしょうがなく、私も第一王子殿下に自分が相応しいとは思っていないから安心しろと本音を言ったら、何故か応援されましたわ?
「悔しいけど、お前は兄上に相応しいと思う。応援してやる」
「まあ…ありがとうございます?」
「また近いうちに会う機会があれば嬉しいな。将来の義姉弟として、仲良くしてくれ」
「もちろんですわ」
こうして、セラフィンから何故か応援されましたわ。まあ、仲良くなるならそれはそれで。ソランジュの登場までの間、上手いこと私の悪役令嬢としての演技に組み込みますわ。具体案がまだ出ませんけれど。
僕はセラフィン・シメオン・ジョフロワ。ジョフロワ王国の第二王子殿下だ。だが、僕は王位継承権が無いに等しい。
何故ならば、第一王子である兄上と何もかもが違うから。
兄上は王妃様の子。僕は寵妃である母上の子。兄上は第一子。僕は第二子。兄上は王位継承権が優先される金髪に緑の瞳。僕は、緑の瞳はあるけど赤髪。生まれた日が少し遅かっただけで、同い年の兄弟なのに、どうしてここまで違うのか。
「第二王子殿下も、お可哀想に…」
「せめて側妃殿下の赤髪ではなく、国王陛下の金髪を受け継がれていれば…」
僕は色々な人から同情された。王位継承権など微塵も興味がない。だけど、あんまりにも同情され可哀想可哀想と言われると気分は良く無い。
母上ですら、そんな僕に対して憐れみの感情を向ける。金髪に産んであげられなかったと。僕はそんなこと、最初から望んでいないのに。
そんな僕の唯一の心の支えは、兄上だった。
「セラフィン、お兄様と一緒に遊ぼう」
「はい、兄上!」
兄上は、僕をとことん甘やかしてくれる。そして、憐れみの感情は向けて来ない。きっと、僕に王位継承権がほぼないからこそ可愛がってくれるのだろう。僕だって馬鹿じゃない。兄上に都合が良いから、可愛がられているのには気付いている。でも、それで良かった。兄上さえいれば僕はもうそれだけで十分だ。
「セラフィン。僕にも婚約者が決まったよ」
「…おめでとうございます。どんな子ですか?」
「ちょっとだけじゃじゃ馬さんだけど、とても可愛らしい子だよ」
「…へぇ」
そう言う兄上はとても上機嫌で、婚約者を気に入っているのだとすぐに分かった。僕は、兄上を取られたようで面白くない。
家庭教師の先生に、問題集と解答集を作ってもらってその婚約者のところへ向かった。兄上の婚約者なら、このくらいは出来ないと。
「お待ちしておりましたわ、第二王子殿下」
「うむ、ご苦労」
僕を出迎えるのは三人。多分、兄上の婚約者とその母と義弟。
「お前は兄上の婚約者の母だな」
「はい、お初にお目にかかります。マチルド・ローザ・プロスペールでございます」
「うむ」
美人だ。兄上の婚約者とは似ていないように見えるが、彼女も将来はこんな美人になるのだろうか?それならば兄上の隣に立つのに相応しいとは思う。
「お前は兄上の婚約者の義弟だな?」
「ルーセル・ロジェ・プロスペールと申します。第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「そしてお前が兄上の婚約者か」
「はい、ミシュリーヌ・マチルド・プロスペールでございます。第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます」
「ふん」
僕はお前を認めていないからな!
「僕はセラフィンだ。将来お前の義弟となる」
「はい、よろしくお願い致します」
「だが、僕はお前を認めていない」
「…」
黙り込むミシュリーヌ。じゃじゃ馬と聞いていたが、案外噛み付いて来ない。
「お前が兄上に相応しいか見極めてやる」
「あら…わかりましたわ。よろしくお願い致します。とりあえず、庭の東屋でお茶でも飲みながらにしませんこと?」
「…そうだな、いつまでも立ち話もなんだ。そうしよう」
東屋に移動する。使用人がお茶とお茶菓子を用意してくれる。この使用人が淹れてくれたお茶はとても美味しい。さて、一服したところで本題に入ろう。
「では、早速だが勉強の進み具合を見てやる。この問題を解いてみろ」
「はい、わかりましたわ」
さらさらと問題を解くミシュリーヌ。なんだか問題を解くのがすごく早い。
「できましたわ」
「は?早すぎないか?」
「採点してくださいまし」
「…全問正解だ」
なんだかすごく悔しい。兄上が気に入るだけはあるが、この問題はどうだ!?
「こ、これで終わりじゃないぞ!こっちはどうだ?」
「あら。少し問題のレベルがあがりましたわね」
「そうだろう」
「では、解いてみますわね?」
「やれるものならな」
ミシュリーヌが問題を解く。そのスピードに僕は目を見張る。まあ、この歳でこのレベルの問題をさらさら解くのはなかなか珍しい。全問正解しているのなら、これは素直にすごいと思う。
「お前、なんでそんなに早く解けるんだ?」
「勉強の成果ですわ」
努力もしているということか。敵わないな…。
「くそう…」
「解けましたわ。採点を」
「…また、全問正解だ」
その後も問題集を渡すけれど、さらさらと解かれる上ずっと全問正解が続いた。
そのやり取りを何回繰り返したか、僕はとうとう持ってきた問題用紙がなくなった。そしてミシュリーヌの学習が相当進んでいるとわかった。兄上を取られるという悔しさから唇を噛む。
「…」
涙目になるのがわかる。だが泣いたら負けだと我慢する。すると、信じられない発言がミシュリーヌから飛び出した。
「第二王子殿下。私も、第一王子殿下に今の自分が相応しいとは思っていませんの。安心してくださいませ」
「え」
「だからこそ、私はこれからもっと自分に磨きをかけていくつもりですわ。ですから、私を認められない第二王子殿下のお気持ちも良くわかりますわ。いつか認めていただけるよう、精進致しますわ」
「…」
その言葉を聞いて僕は黙り込む。ミシュリーヌはこんなに優秀なのに、自分が兄上に相応しくないと思っているなんて。
「…でも、お前、こんなに優秀なのに。それでも自信がないのか?」
「優秀だなんて。私はただ知識を身につけただけ。それをどう活かすかこそ大事ですわ。その点、私はまだ何も為していませんもの。いつか第一王子殿下の婚約者に相応しい人間にならなければいけませんわ」
「…」
僕は俯きまた黙る。なるほど、兄上が気に入るわけだ。完敗だな。僕もこれからは周りの目なんて気にせずに、言い訳にせず努力をしていかなければならないな。僕は自然と、晴れやかな気分になっていた。
「…なるほど、お前いい奴だな。兄上の婚約者がお前で良かった」
「え?」
小首を傾げる仕草が、とても可愛く見えた。