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第95話 苛立ち

 グレンの待つ宿へ着いたところで、日野とハルは辺りの様子を伺っていた。刻達の泊まっていた宿は破壊された場所から離れていて、まだ姿を知られていなかったためにすんなり入る事が出来たが、こちらの宿の周りはかなり騒ついている。

 日野は受付の女性が持ち場から離れたことを確認して走り出した。ハルもその後を追い、気付かれないよう足早に部屋へと向かう。誰ともすれ違うことなく無事に辿り着き、ゆっくりと扉を開けると、椅子に腰掛けていたグレンが振り返った。


「……二人だけか? それにその荷物、何があった?」


 日野とハルを見るなりそう言ってグレンが立ち上がる。近くのベッドにはアイザックと刻が眠っていて、目を覚ます気配はない。血塗れだった二人のシャツは、グレンが着替えさせたのか、新しいものに変わっていた。


「グレン、ローズマリーさんもルビーちゃんも部屋にいなかったの……もしかしたら、攫われたのかもしれない」

「そうか……」


 日野の報告に小さな声でそう呟くと、グレンはチッと舌打ちをした。リュックにまだ残っていたタオルを取り出すと、先程から手に持ったリボンを握り締めたまま刻を睨んでいるハルの頭に被せ、濡れた深緑色の髪をクシャクシャと拭き始める。普段から目付きは悪いのだが、それだけではなくハルの頭を拭くグレンの顔が不機嫌そうに見えて、日野は恐る恐る声をかけた。


「私、何か心当たりが無いか刻に聞きたくて……でも、刻もザック先生も……大丈夫かな?」

「……安心しろ、おじさんも刻もこの程度で死ぬような奴じゃない。刻の傷はすぐに治ったようだから、そのうち目を覚ますだろう。それよりお前も早く着替えろ、風邪引くぞ。病人まで増えたら面倒だ」


 ハルの服を着替えさせながら、そう言ったグレンの口調はいつもより強かった。これだけの騒動を起こして、ザック先生も傷付いて、あげく二人は行方が分からないのだ。怒るのも無理はない……日野はコクリと頷いてローズマリー達の荷物を置くと、自分のリュックからタオルと服を取り出す。そのままシャワーのある方へ向かうと、サッと着替えを済ませた。

 重たい空気が胸を締め付ける。私がもっと強くなれていたら、こんな結果にならなかったのではないかと落ち込んでいく自分自身に嫌気がさした。

 日野は近くの棚に絞った服とグレンのコートを乾きやすくなるように掛けると、再び溢れそうになる涙を拭いてみんなの元へ戻ろうと振り返る。すると、突然ふわりとグレンの匂いに包まれて、気が付けば腕の中で抱き締められていた。コート越しではない為いつもより体温が伝わりやすく、こんな時でさえバクバクと心臓は脈を打ち始める。


「……グレン?」

「助かった」

「え?」

「俺はあの時、何も出来なかった。おじさんを止血するので精一杯で……お前が守ってくれなきゃ死んでたかもしれない」

「そんな……私こそ、みんなに迷惑ばかりかけて……っ?!」


 言いかけた言葉を遮るように、グレンは日野の顎に手をかけると、唇を重ねた。

 ゆっくりと離した唇をそのまま耳元へ近付けると、苛立った様子で問いかける。


「お前、あの男に何された?」

「何って……」


 耳にかかる吐息にゾクゾクと体を震わせながらも、日野は斜め上を見上げながら起こった出来事を思い出そうとした。薄っすらと記憶に残っている……あの男から──


「血を飲まされて、無理矢理変化させられて……それからキスされて……」


 そこまで言った時、耳元で舌打ちが聞こえた。

 ……もしかして、私がフードの男とキスしたのも怒っている原因の一つなのだろうか? そう思っていると、グレンの抱き締める力が強くなる。


「お前は俺の女だ。だからもう、何があっても二度と離れるな。急に飛び出されて、いちいち探すのも面倒だ」


 そう言って日野から手を離すと、グレンはフンっとそっぽを向いて、アイザックや刻の眠る部屋へと戻って行った。

 ポツンとその場に残された日野は、顔を真っ赤にして驚いたまま動けずにいる。


「……あ、え?」


 今、俺の女と言われたような気がするが気のせいだろうか? こんな時に……心臓がはち切れそうだ。しっかりせねば……。

 自身を落ち着かせる為にスゥッと深呼吸をすると、グレンの残り香が鼻をくすぐった。


「……」


 日野はブンブンと頭を左右に振ると、気を取り直してみんなの元へ戻る。ベッドのある方へ目を向けると、未だ目を覚まさないアイザックに、ハルが寄り添っていた。グレンは安心しろと言ってくれたが、不安は拭い切れない。

 朝を迎えた街は暗く、空は涙を流したまま。

 まだ街の中が慌ただしい間はここにいられるだろう。医療の知識も無い自分でも出来ることを探そう。

 日野は自身のリュックからカーディガンを取り出すと、アイザックの手をギュッと握り締めている小さな背中にそっと掛けた。

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