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第87話 新たな頁

 ──数時間前。


「あら? 刻、どこかへ行くの?」


 南瓜(かぼちゃ)の装飾で彩られた街の宿屋の一室。青い本を持ち、黒い上着を着た刻にローズマリーが声をかけた。


「用が済めば戻る。(しばら)くここで待て」


 何やら急いでいる様子でバタバタと出て行った彼の後ろ姿を見送って、いってらっしゃいと伝えた。


 またお留守番……今夜はお祭りがあるというのに、(しばら)くとは一体いつまでだろうか。きっとまた、あのスーツを真っ赤に染めて帰ってくるのだろう。出来ればそんなことはして欲しくないが、()め方も、()めていいのかも分からなかった。


 彼は彼なりに苦しんでいる……少しでも支えになりたくて私は傍にいる。しかし、待てと言われれば待つしかない。どうすれば、彼の心に近付けるだろうか……近くにいる筈なのに、その距離が果てしなく遠く感じる。


 小さな溜め息を漏らしながら、ローズマリーはトランクから衣装を取り出した。


「ま、今夜はお祭りみたいだし。参加しちゃおうかしら。ルビー!」

「なーに? あれ? 刻は?」


 手を洗いに行っていたルビーを呼ぶと、ローズマリーは小さな魔女の服を取り出してニッコリと微笑んだ。




◆◆◆




 辺り一面が赤く染まった街の中で、刻は瓦礫(がれき)にもたれていた。爪も服も街と同じ赤に染まり、息遣いは荒く、金色に輝く瞳は苦痛の色を浮かべている。


 この街にいた人間は全員殺した。一人残らず。


 森の中にいた時から、徐々に頭の痛みが酷くなっていた。脳の中を這うように、名前も知らない人間の悲鳴が響き渡る。耳鳴りとは違うそれと、もう何年も付き合ってきた。


 何かを壊したい、誰かを殺したい、そんな衝動を抑えながら生きているが、それがたまに暴走しそうになる。


 今日も、我慢の限界を超えそうだった。普段であればその時にいる街を壊せば済む話だが、近くに彼女達がいてはそれも出来ない。そのため二人を待たせ、別の街へ訪れていた。


 逃げ惑う人々を追い回し、勇敢に立ち向かってくる人間を(なぶ)り殺す……命を奪ったことに罪悪感が無いと言えば嘘になるが、力を抑える為と割り切るしかなかった。


 徐々に引いてきた頭の痛みと誰かの声に、ホッとしたように赤く濡れた白髪をかきあげる。手についた血を軽く拭い、腰に着けたバッグから青い本を取り出すと、パラパラとそのページをめくる。


「何も書いていない。普通の身体に戻す方法も、元の世界に戻る方法も。そんなものがあれば、俺はとうに普通の身体になっている……元の世界に戻りたいとは思わないが……」


 ふと、ローズマリーとルビーの顔が浮かんだ。


「俺も甘くなったな」


 そう言って呆れたように溜め息を吐くと、刻は本を閉じて立ち上がり、歩き出す。遺体が転がる街は血液の匂いが充満していた。気分が悪い、早く帰ろう。そう思った時だった。


 ──ドンッ。


 背後からぶつかってきた何かが、刻の持っていた青い本を奪った。しかし、街の人間は全て殺した筈……人の匂いも気配もしなかった。眉間に皺を寄せ前方を見やると、ニヤニヤと笑うフードの……男? だろうか。長い深紫色の髪を垂らした人間が立っていた。

 

「ミィつけた、青い本。コレが欲しかったんだ。この本のお陰なんでしょ? その力……」


 ベチャベチャと血の(したた)る音を立てながら、男はそう言った。よく見ると、フードには大量の血液が染み込んでいて、そのためか男の匂いがしなかった。


「貴様、何のつもりだ」

「んんんふふっ……オマエが殺した人間の血を体にたっぷり塗ったんだ。鼻が効くみたいだけど、これじゃあオレの動きもよく分からなかったでしょ?」


 ニタニタと愉しそうな笑みを浮かべてそう言った男は、刻から奪った青い本を開き、鼻歌を歌いながらパラパラとページをめくっていく。しかし、そこに書いてある文字が読めないのか開いた本をぐるぐると回転させた後、男は勢いよく首を傾げた。


「……読めないな。コレ何? どこの世界の文字?」

「どこの文字かは俺も知らない。それに貴様には理解出来ない物だ。読めないと分かったのなら諦めて本を返せ。今なら見逃してやる」


 刻がそう言って手を差し出すと、フードの男はガックリと肩を落として俯いた。しかし、本を返してくれる様子はない。すると落ち込んでいたかと思っていた男は突然爪を噛み、ガクガクと体を揺らしながら、全身を使って怒りを露わにし始めた。


「なんで……なんで!? オレにも力を与えろよ。全部、全部ブッ壊してやるから! どうしてオレには読めないんだよ。オマエの力はこの本のお陰なんでしょ? 俺も欲しい、欲しいんだよ。この世界を全部ブッ壊す力が!」

「そんなものを持っていてもロクなことはない。普通であることの方が遥かに幸せだろう」

「……シアワセ? シアワセ? おかしいなあ、オレはオマエから見たら普通なのにシアワセを貰わなかったよ。カミサマはいじわるなのかな? じゃあこの本はもういらないや」

「──っ!? おい! やめろ!」


 シアワセ? と問い続けながら、男は本のページを数枚まとめて握り締めると、それを引き千切ろうと思い切り引っ張った──と思った時、青い本が刻の瞳と同じ金色の光を放ち、バチィッという電気の走るような音を出して男の手を払い除けた。


「──痛っ、何だよコレ」


 すると、青い本は自らパラパラとめくれていき、まだ空白となっているページを開いたところで止まった。男がその様子をジッと眺めていると、空白のページにサラサラと文字が書き込まれていく。



 ── 異なる世界を行き来できない者、無力な生き物が破壊の力を得る方法


 ・百人の人間を殺害すること

 ・瞳を金色に染めた、異なる世界を行き来する者の血液を体内に取り入れること

 二つの条件を満たした時、破壊の力を得る。



 読めた……そう小さく呟いて、書き出された条件を見た男はニヤリと口角を上げた。

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【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

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