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第85話 パンプキンパイ

 外にいる方が静かなのではないかと思える程に、日野達が入った店の中は騒がしかった。店内はやはり南瓜(かぼちゃ)蝙蝠(こうもり)の装飾でいっぱいだ。


 天井の四隅には飾りかどうかも区別がつかないほど見た目が本物に近い蜘蛛も飾ってある。あれは出来るだけ見ないようにしておこうと日野はそっと蜘蛛から視線を外した。


 ちょうど六人掛けのテーブルには、奥から日野、ハル、グレン。その向かいの奥からローズマリー、ルビー、アイザックの順で座っていて、アルは相変わらずルビーを避けるようにグレンの近くに腰を下ろしている。


 全員が席に着くと、ひとまずハルとルビーが選んだパンプキンパイと、それぞれの好きなメニューを注文した。


 ドリンクバーのある店だった為、交代で飲み物を取りに行ったり、日野やローズマリーはまだきちんと名前を聞いていなかったと言って互いに自己紹介をしたり……そうこうしている間に出来上がったパンプキンパイがテーブルに並べられる。


 こんがりと焼かれた丸い生地には、三角形の目と鼻にギザギザ模様の口がついていて、なんともハロウィンらしいパイに仕上がっていた。


「美味しそう……」

「これこれ! ボク、これが食べたかったんだ〜! グレン、早く早く!」

「はいはい」


 真ん中に座る幼い二人から熱い視線が注がれて、呆れたようにグレンがパイを切り分けていく。慣れた手付きで綺麗に六等分すると、皿に移して皆へ渡していった。


「ん〜! 美味しいわね、幸せ〜」

「うん。想像以上に美味しいですね」


 そう言って、幸せそうにパクパクと食べ進めていく女達。その隣に座る子供達は黙々とパイを頬張っている。


 そんな中、早々に食べ終えたグレンが、全くパイを口にしていないアイザックへ声をかけた。


「おじさん、そういや甘いもの食えなかったな」


 ──え!?

 グレンの何気ない言葉に、奥に座る女三人が声を揃えて驚いた。目を丸くして固まっている女性陣に、アイザックは苦笑する。


「そういえばザック先生、甘いの殆どダメだったね。ボク忘れちゃってた」

「いいんですよ。私の分はハルとルビーちゃんで分けてください」


 アイザックがそう言うと、ハルとルビーは目を輝かせた。


 そして、それなら味を変えようと言って、ルビーは残っている自分のパイの上にテーブルに置いてあったチョコレートソースをかけ始める。すると、それを見たアイザックが顔を引きつらせた。


「ル、ルビーちゃん? チョコレートそんなにかけるんですか? 甘過ぎるかと思いますが……」


 もはやパイなのか何なのか分からなくなるくらいにチョコレートソースがかかっている。しかし、ルビーはキョトンとした顔で首を傾げた。


「ん? 全然平気だよ。もっと甘くて良いくらい」

「あらら……いつの間にか味覚が刻に似ちゃったのね」

「そう?」


 にひひ、とフォークを口に咥えたままルビーが笑う。


 刻の名前が出てローズマリーとルビーが笑い合った。幸せそうな二人の笑顔に、アイザックはフッと笑みを浮かべる。


 孤独だと思っていた刻の近くに、いつの間にか温かな居場所が出来ていた。この子達なら、刻を愛してくれるかもしれない。ホッとしたように息を吐くと、アイザックは自分のパイを半分に切り、どうぞと言ってハルとルビーの皿へ乗せた。


 キラキラと目を輝かせながら、子供達はそれを口に運ぶ。ポロポロとテーブルへ落ちるパイのかけらを見て、もっと綺麗に食えよとグレンが怒り、まあまあとアイザックが(なだ)め、日野とローズマリーが笑っている。


 そんな、ワイワイと騒がしくも楽しい時間はあっという間に過ぎていった。




◆◆◆




 (しばら)くして、食事を終えた日野達は店を出たが、街中はまだまだ賑やかだった。むしろ、酔いの回った大人達はこれからが本番だというように盛り上がっている。


 ふと日野が空を見上げると、花火の終わった空はいつもより暗く、星や月は雲に覆われて殆どが姿を隠していた。


 何だか嫌な予感がする……ゆっくりと流れていく不気味な雲に、日野が不安を感じた時、フッと本が近くにあるような感覚がして、頭に雷が落ちたような痛みが襲い掛かる。頭蓋骨が割れそうになるのを両手で押さえて我慢した。


「ぐ、あ……」

「ショウちゃん?!」


 日野の口から漏れた呻き声にグレンとハルが気付いて駆け寄る。


「おい! どうした? まさか本が近くに……刻か?」

「うう……本が……それに、血の匂い……も」


 血の匂いもする。大勢の人間の血が混ざったような匂いが鼻をくすぐり、頭の中には名前も知らない誰かの叫び声がこだまする。いつもより激しい痛みが頭を支配し、我慢が出来ない……日野は呻きながら膝をついた。


 なんとか抑えなければと地面を掴むが、瞳は鮮やかな金色へと変化し、爪はその形を長く鋭いものへと変える。


 その様子を見たルビーがサッとローズマリーの手を引いて日野から距離を取り、アイザックもジッと様子を窺っていた。


「しっかりして! ショウちゃん!」


 ハルの声に日野が顔を上げる。しかし、その表情は既にいつもの日野ではなくなっていた。ニヤリと笑いながら、目の前のハルに飛びかかる。


 その瞬間、グレンとアイザックが日野の両腕を掴み動きを封じた。グレンが右腕、アイザックが左腕、男二人がかりで押さえてもギリギリ……日野の力はどんどん増していき、このままでは振り解かれてしまいそうだった。


 こんな街中で暴れられては大勢の人間が血を流すことになる。仕方がない……とグレンはアイザックと目を合わせる。


 パッとグレンが離した日野の右腕をアイザックが押さえ、その間にグレンは日野のポケットから薬の入ったケースを取り、その中から取り出した注射器の針を華奢な腕に突き刺した。グッと押し込むと、中の液体がドクドクと体内へ入っていく。


「くっ……あああ!」


 酷い痛みを感じたのか苦痛に顔を歪めた日野が暴れ出すが、注射器の中の液体が全て体に入ると、フッと意識を失った。全身の力が抜け、立つことの出来なくなった小柄な体をアイザックが受け止める。乱れた黒髪を軽く整えて、ポンポンと頭を撫でると、日野をグレンへ託した。


 すると、ハルが何かに気付いたようにハッと息を呑む。


「ねえ、グレン! あれって……」

「ったく、今度は何だってんだ?」


 ハルの指差した先に皆の視線が集中する。そして、日野を除いた五人は目を大きく見開いた。


「……刻?」


 そう呼びかけたローズマリーの声が震えている。


 そこには、(うつ)ろな目をした刻が立っていた。外傷はないように見えるが、着ているスーツやシャツは血で真っ赤に染まり、シャツの胸元に大きく裂け目が入っている。


 手には青い本が握られているが、その手に力は入っておらず、かろうじて指に支えられて持っているような状態だった。


 フラフラと歩いてくるその姿は、普段であれば大騒ぎになったであろうが、今夜は血塗(ちまみ)れの仮装をしている人間も多くいて、周りは誰も気付いていなかった。


 こちらに気付いているのかいないのか、刻は左右によろめきながら近付いてくる。意識は殆ど無いように思えた。


 ローズマリーとルビーは刻に駆け寄ると、(うつ)ろな目をしたまま歩き続ける刻を止めて声をかける。


「刻! 大丈夫!?」

「刻! 貴方どうしたの!? 一体、何があったの? 刻! しっかり……」


 しっかりして……そう言いかけた時、力尽きたように背の高い体がグラリと傾いた。


 ──ドサッ。


 倒れた刻の体が、咄嗟(とっさ)に動いたアイザックの腕の中に収まる。その弾みでバサリと地面に落ちた本を、ルビーがサッと拾い上げた。


「……取り敢えず、宿へ帰りましょう。グレン、日野さんは?」

「薬で意識を失ってる。当分起きないだろう」

「分かりました。そっちは任せましたよ」

「ああ」

「ローズマリーさん、ルビーちゃん、あなた達の泊まっている部屋を教えてください」


 そう言ってアイザックは刻を担ぎ上げ、ローズマリー達の泊まっている宿へと向かって行った。


 残されたグレンは、自身の腕の中でぐったりと力無く眠っている日野へ視線を移す。身体に異変が起きてから変化するまでの時間が今までより明らかに短くなっていた。


 日野を失ってしまうかもしれない不安と、刻が何故あんな状態になっていたのかという疑問が頭の中をグルグルと這い回る。


 しかし、考えたところで今すぐ答えは出ない。グレンは眉間に皺を寄せ、チッと舌打ちをすると、日野を抱きかかえ、ハルとアルを連れて宿へと引き返した。


 賑やかな街の上で、月も星も隠れてしまった暗い夜空。微かな光すらも覆い隠す雲が、不気味な笑みを浮かべていた。

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【完結済】日のあたる刻[異世界恋愛]

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