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第84話 明るい輪の中へ

「あら? あなた達……」


 どこかで聞いた事のある声がして振り返ると、そこには赤い魔女の仮装をしたローズマリーが驚いた顔で立っていた。


 ふわふわに巻かれた栗色の髪に、ぱっちりと大きな目。今日は仮装の為か化粧も濃く、いつもと違う魅惑的な姿だった。


「お前、まだこの街にいたんだな。刻はどうした? 本も近くに無いみたいだが……」


 ローズマリーにそう言いながら、グレンはチラリと日野を見る。特に様子は変わっていない。変化が起こらないところを見ると、青い本は近くに無いようだ。


 すると、グレンの問いかけにローズマリーは寂しそうに溜め息を吐いた。


「それが……この街に入ってすぐに出て行っちゃって、行き先も分からないの。暫くここで待てって言われているから、私達はお留守番なのよ」

「私達はってことは、ルビーちゃんも一緒ですか?」


 どこにいるんだろう? そう思い日野が辺りを見回していると、ローズマリーの後ろから、色違いの黒い衣装を着て、赤い髪をふわふわに巻いた小さな魔女が現れた。照れ臭いのか、俯いたままローズマリーの脚に隠れている。


 すると、ルビーの存在に気付いたハルが、アイザックの肩からズルズルと降りて駆け寄っていく。突然距離を詰められて驚いているその幼い顔を覗き込むと、ハルはニッコリと微笑んだ。


「ルビーちゃん、元気にしてた?」

「う……うん」


 余程恥ずかしいのだろう。ローズマリーの脚にしがみつくように隠れるルビーに、ハルは困ったなと言うように眉尻を下げて笑っていた。そして、ハルが呼んだその名前にアイザックが首を傾げる。


「ルビー……ということは、貴女がローズマリーさんですか?」

「ええ。貴方は確か……誰だったかしら?」


 頬に手を当てて考えるが、情報屋として毎日様々な人間の書類に目を通していた為に誰が誰だか分からなくなっていた。考え込み始めたローズマリーにクスクスと笑うと、アイザックはスッと仮面を外す。


「アイザックです。普段は医者をしています。ローズマリーさんの事はグレン達から聞いていましたが、想像以上に可愛らしい方で驚きました。刻のいない間に悪戯(いたずら)してしまいそうです」

「ふふ、お上手ね。お菓子なら沢山あるわよ」


 嬉しそうな表情を見せながらキャンディをアイザックへ手渡す。にこやかに笑いながら話すローズマリーを、日野は違う生き物でも見ているかのようだと思いながら見つめていた。


 ──ああ……まあ可愛かったな。


 昼間に聞いた言葉を思い出し、顔色をうかがうようにチラリとグレンを見る。……特にローズマリーの魔女姿を気にしている様子では無さそうだった。


 グレンの肩の上にはアルがちょこんと腰を下ろしている。きっと、ルビーに食べられると思って避難しているのだろう。そんなアルにグレンは何やら話しかけていた。


 言葉など通じない筈なのにネズミと会話する彼を見ながら、もし私が魔女の仮装をしたら、可愛いと言ってくれるだろうか……ふと、そんな考えが頭を過り、日野はローズマリーの衣装に視線を向ける。


 赤い生地に、黒いフリルの付いた丈の短いワンピース。腰には大きなリボンが付けてあり、頭には赤いエナンを被っている。全体的に可愛らしい仮装ではあったが、それだけではなかった。


 ワンピースの下から覗く網タイツが色気を放ち、すれ違う人の視線を奪っている。ローズマリーの脚をチラチラと見ては通り過ぎていく男達。


 負けた……こんなの私は恥ずかしくて着られない。


 泣きたくなるような敗北感に襲われて、日野はガックリと肩を落とした。すると、そんなことを考えている間に話が進んでいたようで、いつの間にか皆が盛り上がってきている。


「ローズマリーさん。それに、ルビーちゃん。私達、これから夕食なんですが、よければ一緒にパンプキンパイでも食べに行きませんか?」

「でも、お邪魔していいのかしら? あなた達は刻の事を良く思っていないようだし……私達は刻の連れなのよ?」

「俺達は刻を追っているだけだ。連れだったとしても、お前達を嫌う理由は何も無いだろ」

「やったー! パンプキンパイ! ルビーちゃんも食べたいでしょ?」

「……食べる!」


 ワイワイと話しながら、皆は飲食店のある方へ進んでいく。その勢いについて行けず、日野はポカンと立ち尽くしていた。


 思えば会社勤めをしていた時も、飲み会などへの参加は出来るだけ避けていた。参加したとしても、二次会へ向かう楽しそうな同僚の背中を見送って、一人でトボトボと帰っていた。


 暗い夜道を誰とも話さず、ただ音楽を聴きながら俯いて歩く。それで良いと思っていた。


「それで良いと思ってたのに、今は……」

「今は、何だよ?」

「え? ……グレン!? び、びっくりした。何でもないよ、ごめんなさい」

「……ボーッとするな。行くぞ」


 そう言って、キュッと繋がれた手が温かい。ずっと色の無い世界で一人ぼっち。それで良いと思っていた。


 だけど今は、あの明るい輪の中に自分も入ることが出来たらいいのに……そう思う。

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