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第83話 お前の大丈夫は信用出来ねぇ

 賑やかになってきた街を月明かりが照らし始めた頃、それぞれの用事を済ませた日野とグレンも部屋へ戻ってきていた。綺麗に畳まれた服と、情報屋を探すついでにグレンが買って帰ってきた食料を、日野は二つのリュックに詰めていく。


 そろそろ寒くなってきたし、衣替えが必要かもしれない……常にコートを着ているグレンはともかく、私とハルは上着が必要になりそうだ。アルにも服が必要だろうか……そんな事を考えながら旅支度を整える。


 荷物を詰め終えてリュックを閉めると、日野は小さく息を吐き、グレンの方へと視線を向けた。


「取り敢えず、いつでも出発出来るように準備はしたよ」

「ああ。おじさん、待たせて悪かったな」

「いえいえ。それでは、外も騒がしくなってきたことですし、お祭りに行きましょうか」

「やったー! 早く行こう! ボク、パンプキンパイが食べたいな〜」


 日野とグレンが帰ってきてからというもの、ずっとソワソワと落ち着きの無かったハルが、そう言って嬉しそうに笑った。やっと祭りに行ける……アルと一緒に目を輝かせながら、大人たちを急かすように、ハルは扉に手をかけた。




◆◆◆




 宿屋の外は、この街を訪れた時と違い、その姿をガラリと変えていた。魔女や悪魔に吸血鬼、奇妙な仮面を着けた集団……様々な仮装をして、人々は街を練り歩く。


 その中でも、とりわけ恐怖を煽る仮装があった。それは、溶けた皮膚に血塗れの体……辺りに響く呻き声は、ドラマや映画でしか見たことのなかったゾンビそのものだった。


 背後から肩をトントンと叩かれて、日野が振り返る。すると、異様な呻き声を上げながら、ゾンビが襲いかかってきた。


「ひっ! ……いいいいああああ!? ごめんなさい!!」

「ショウちゃん、驚き過ぎだよ」


 必死に謝りながら、これで勘弁してくれと言わんばかりに、飴玉をゾンビに手渡している日野を見て、ハルとアルはケラケラと面白そうに笑っている。目に涙を浮かべながら、グレンに貰った巾着をギュッと握り締める日野に、グレンは呆れたように溜め息を吐いた。


「お前、もっと女らしい叫び方は出来ないのか?」

「そんなこと言われても……こんなに怖いなんて聞いてなかったし……ハルは平気なの!?」

「ボクは慣れてるから大丈夫」

「そ、そう……でも、こんな……ひっ!?」


 ハルと話そうとした時、ドンっと肩に誰かがぶつかった。どちらも前をよく見ておらず、ぶつかった拍子にお互いよろめいてしまう。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 振り返り、日野が慌てて謝ると、男性……だろうか? フードを深く被ったその人は、長い深紫色をした髪の毛先をヒラヒラと風に靡かせながら、何も言わずに去って行った。


 何だろう……あの人、変な感じがする。


 遠ざかっていく後ろ姿に不安を覚えたが、それが何故かは分からなかった。感じた違和感の正体を探るように、フードの男が向かって行った方向をジッと見つめていると、グレンに声をかけられる。


「どうした? 大丈夫か?」

「う、うん。なんかあの人……気になって」


 そう言って、日野がグレンを見上げると、またか……と言いたげな目をされた。そう言えば、ルビーちゃんの時も私は同じようなことを言って、一人で勝手に突っ走ってしまった事があったな……。

 日野を見つめるグレンの目が、もう勝手な行動はするなよと訴えている。


「ごめんなさい、大丈夫。何でもないよ」

「お前の大丈夫は信用出来ねぇんだよ。一人で歩いてたら危なっかしいから、俺から離れるな。ほら、行くぞ」


 返事を返す前に、日野の手はグレンに掴まれた。グッと引っ張られ、引き寄せられる。そのまま手を繋いで、ハルに肩車を強請(ねだ)られているアイザックの元へ向かった。


 ただ手を繋いだだけなのに、心臓の音が煩い。一歩進む毎に速くなり、身体中に響くその音が恥ずかしくて仕方なかった。

 ふと見上げると、月明かりに照らされたグレンの横顔がそこにあって、堪えきれない気持ちが言葉となって心の中を駆け巡る。


 ああ……かっこいいなあ。かっこいいなあ。


 今にも口に出して叫んでしまいそうになるのを抑えるように、日野はキュッと唇を結ぶと、赤くなった頬を少しでも誤魔化す為に、ブンブンと頭を左右に振った。


 すると、歩いていたグレンがピタリと立ち止まる。ハッとして日野も前を見ると、そこにはアイザックと、その肩に乗っているハルとアルがいて……アイザックは再び白い仮面を着けていた。


「待たせたな。ていうか、おじさんのその格好は何なんだよ」


 普段はあまり見ないその姿に、グレンが首を傾げる。


「これですか? 昔、仮面舞踏会に行った時の衣装です。他にもミイラ男とか、吸血鬼とか、色々迷ったんですけど……あまり本格的に仮装してしまったら、一緒に歩きづらいかと思いまして」

「最初から一緒に祭り行く気満々だったって事だな」

「勿論! 楽しいことには参加しないと! まあ、日野さんの経過観察のついでですけど」


 そう言って、仮面の下でニコニコと笑うアイザックを、グレンがジットリと見つめた。すると、アイザックの言葉を聞いた日野が申し訳なさそうに首を傾げる。


「もしかして、その為だけに来てくれたんですか? ここまで遠かった筈なのに、ありがとうございます。それにしても、仮面舞踏会って、この世界にもあるんですね。私は聞いたことしかありませんけど……楽しそう」

「興味がありますか? まあ結局、仮面を着けていても声や骨格でバレてしまいますが、気を遣わなくて良いので、なかなか楽しいですよ。機会があれば連れて行ってあげましょう」

「ほんと!? ボクも! ボクも行きたい!」

「うーん……ハルはもう少し大人になってからですね」

「またそれぇ? ……ボクもう大人だもん」


 肩車をされたまま不満げに頬を膨らませたハルに、大人達は目を見合わせて微笑んだ。


 すると、ヒュルル……と高い音を響かせて、一筋の光が空へと舞い上がる。大きな破裂音の後、南瓜(かぼちゃ)の形をした花火の光が、賑やかな街を彩った。


 見上げた夜空に次々と打ち上がっていく花火を、四人と一匹は、瞳の中に思い出として焼き付けていく。

 すると、背後でザッと誰かが立ち止まる音がした。


「あら? あなた達……」


 その声に皆が振り返る。そこには、可愛らしい魔女の仮装をした女が、驚いた様子で立っていた。

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