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第78話 とっとと出発だ

 黒い髪の少女を、喪服を着た大人達が憐むように見つめている。大人達の視線を集める少女は、黒いスカートを握り締めたまま、目の前に停まっている霊柩車(れいきゅうしゃ)をジッと見つめていた。静かに走り出し、遠ざかっていくその真っ黒な車を少女が目で追っていると、少女の小さな肩を、一人の中年の女性がポンと叩いた。


「憧子ちゃん、パパとママは天国に行ったのよ。悲しいかもしれないけれど……施設には沢山同じような子がいるから、新しい家族だと思って頑張るのよ」


 しかし、ニッコリと微笑んでそう言った女性の言葉に、少女は反応を示さない。


「憧子ちゃん? 聞いてる? 憧子ちゃん?」


 ゆさゆさと肩を揺らすが、やはり反応がない。少女はただ、遠くに走っていく霊柩車をジッと睨むように見つめていた。




◆◆◆




 ゆさゆさと体が揺れる。何度も何度も誰かに呼ばれているような気がして、日野はそっと目を開いた。


「……ちゃん? ショウちゃん? 朝ごはん出来たよ! 起きて、ショウちゃん」

「ん……」

「ショウちゃん? おはよう! 朝ごはんの時間だよ!」

「ハル……おはよ……」


 すっかり明るくなった空、飛び込んできた日差しに目が眩む。ハルの元気な声と笑顔に、日野は小さく微笑んだ。今日も朝から賑やかだ。いつも通りの朝に、ホッとして体を起こし、立ち上がる。


 しかし、先程まで笑顔だった筈のハルは日野から剥ぎ取ったグレンのコートを抱き締めたまま、何だかプンプンと怒っている。そして、地面にあぐらをかいてのんびりしているグレンに、ハルは持っていたコートを投げ付けた。


 飛んできたコートを片手で受け止めたグレンが眉を寄せる。そこにハルが飛び込んでいき、ポカポカとグレンを殴り出した。


「もー! 起こしてくれたらボクも見張り交代したのに! 治ってるように見えても一応怪我はしたんだから、無理させちゃダメだよ!」

「痛い、痛い! 殴るなよ! ったく、朝からうっせーな。だから寝かせただろ。どっかの医者か? お前は」


 そう言い返したグレンに、ハルがまた言い返し、ギャアギャアと騒がしく言い合うその姿に、まるで兄弟喧嘩を見ているようだった。


 ハルは、日野一人に一晩中見張りをさせてしまったことに腹を立てているらしい。すると、頬を膨らませて怒った顔をしていたハルが、再び日野の方へ顔を向ける。スタスタと日野へ近付くと、両手を掴み、上目遣いに日野を見つめた。


「ボク、すっかり寝ちゃってて。代わってあげられなくて、ごめんね」

「い、いいよ、そんな。私もなかなか眠れなかったし、ハルも疲れてるんだから、たまにはしっかり寝なくちゃ。それに、綺麗な星空をゆっくり見られて楽しかったよ」


 申し訳なさそうに眉を下げるハルに、日野は慌ててそう伝える。そお? と首を傾げて見上げてくるハルが可愛くて、思わず笑みが溢れた。日野は膝を曲げて屈むと、ハルに目線を合わせる。


「私は大丈夫だよ。起こしてくれてありがとう。グレンも、朝ごはんの準備ありがとう」

「ああ。起きたなら早く食って、とっとと出発だ」


 そうして、グレンに急かされながら、手早く朝食を済ませた。新しい街までもう少し。いつも多めに買っている食料も、そろそろ底をつきそうだ。


 刻のこと、本のこと、体のこと、ゆっくりと話したいことは沢山あった。早く新しい街に行きたい。そして、出来るだけ早く、シャワーを浴びたい……数日間で溜まった汗と、砂や土に塗れた体に、三人は同じ思いを抱いていた。


 ザワザワと揺れる葉の間から日の光が差し込む山の中。日野達はそんな細やかな願いを抱えて、再び新しい街へと歩き出した。

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