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第71話 刻がつけてくれた

「美味しい……これ凄く美味しい!」


 そう言って、ルビーはもぐもぐと手作りのサンドイッチを頬張りながら目を輝かせる。ずっと落ち込んだままだったルビーの顔に明るさが戻り、日野は嬉しそうに微笑んだ。


 お昼は缶詰のパンを切ったものに同じく缶詰のハムやら野菜やらを挟んだだけの簡単なものだったが、グレンが作ると何故か美味しい。きっと間に塗られているソースに何か秘密があるのだろう。


 テキパキと食事の準備をするグレンを日野やハルも手伝って、今はルビーも含めた四人と一匹で一休みしているところだった。


「良かった。グレンは料理上手だから、こういう軽食も美味しく作ってくれるの」

「……笑った」

「え?」

「ショウコ……今、嬉しそうに笑った? 初めて見た。いつも笑うの下手くそなのに」


 そう言ってマジマジと見つめてくる赤い瞳に、日野が苦笑する。やっぱり笑うのは下手くそに見えているんだなと改めて自覚すると悲しくなるが、今はちゃんと笑えていたらしい。


 元いた世界でも、自分では笑っているつもりなのに笑えていなかったり、無理して笑っているように見えるとよく言われていた。だから愛想笑いもあまり得意ではない。それを考えると、この世界に来てから自然に笑えるようになってきているんだなと実感した。


 それに、子供は大人の表情をよく見ている。幼い頃の自分がそうであったように。


 みんなの前では、なるべく暗い顔にならないように気をつけなければと、日野は心の中で自分に言い聞かせた。すると、ハルがもぐもぐとサンドイッチを頬張りながらルビーに話しかける。


「そういえば、ルビーちゃんって宝石の名前と同じだね」

「ルビーちゃ……う、うん。刻がつけてくれた」

「あの殺人鬼がか?」


 ハルの呼びかけに一瞬だけ固まったルビーがコクリと頷くと、ルビー以外の三人は目を見開いて驚いた。グレンは、まさかと言いたげに顔を引きつらせる。


 あの誰彼構わず殺すような殺人鬼が子供に名前をつけるだなんて……一体どんな心境の変化があったのだろう。それともただの気まぐれなのか? あり得ないとは思ってしまうが、ルビー本人がそう言うなら間違いないのだろう。


 信じられないと言うようにジットリとルビーに視線を向けながらも、グレンはバクバクと手元に残ったサンドイッチを食べると、手を叩いてパンの粉を落とした。


「まあ、なんの気まぐれかは知らないが……刻が殺さずに他人を傍に置いておくなんて今まで無かった筈だからな。ローズマリーの事もそうだ。だから、追いかけて行ったっていう熊の処理が終わったら、そのうち迎えに来るんじゃないか?」

「……そうかな?」

「ああ、だからあんまり落ち込むな」


 そう言うと、グレンはその大きな手で、心配そうに返事をしたルビーの頭をガシガシと撫でた。そんな、少し不器用なグレンの優しさに日野とハルが柔らかく笑う。


 刻がもし迎えに来なかったとしたら、ルビーはこのまま引き取ろう。何の罪もないこの子を、これ以上ひとりぼっちにはさせたくない……特に話し合いをした訳では無かったが、日野やグレン、ハルの気持ちは同じだった。




 穏やかな昼食が終わり、腹の虫の鳴き声も聞こえなくなったところで、サッと片付けを済ませた日野達は再び歩き出した。


 刻が熊を仕留め損ねることは無いだろうが、他の熊が出てくる可能性もあるという事で、辺りを警戒しながら山道を進んでいく。


 しかし、刻は現れない。日野はルビーがまた落ち込んでしまわないかと気にしながら、何か手掛かりになる匂いなど無いものかと深く呼吸をした。

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