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第69話 置いてけぼり

 歌うように辺りにこだまする小鳥のさえずりが朝を伝えた。スゥッと深呼吸をすると山の澄んだ空気が肺を満たし、体を巡る。今日も天気は良さそうだ。


 グッと背伸びをすると、固まった体がほぐれていくようで気持ち良かった。ふう、と小さく息を吐くと日野は少し乱れた髪を整える。指通りのいい長い黒髪がサラサラと揺れた。


「ショウちゃん、おはよう」

「おはよう。ちゃんと眠れた?」


 後ろからかけられた声に振り向いてそう尋ねると、まだ眠そうなハルとアルが目をゴシゴシと擦りながらコクリと頷く。その奥では、ゆっくりと体を起こしたグレンが不機嫌そうな顔で座っていた。


 今日も、私はこの世界にいる。いつも通りの朝にホッとしながら、日野はリュックから買い溜めしてある食料を取り出すと、朝食の準備を始めた。




◆◆◆




 暫くして、簡単に朝食を済ませた三人と一匹は更に山の奥深くに入っていく。幾人もそこを通ったのであろう、次の街まで繋がる道は出来ている。


 変に横道に逸れたりしなければ迷うことも無さそうだ。夏を過ぎたとはいえ、日が登り始めるとまだまだ暑い。刻も同じくこの道を歩いたのだろうか……もし刻の匂いを嗅ぎ分けることが出来れば跡を辿るのも簡単なのにと、日野は足跡の消えた地面を眺めた。


 一度は間近で見たことがあるが、その時はまだ嗅覚に変化は起きていなかった。匂いなど覚えている筈がない。目の前で変わっていった冷たい金色の瞳を思い出すと、背中がゾクリとする。


 それにしても、どうしてあの二人は刻のような殺人鬼の傍にいたのだろう……ふと、日野がそんな疑問を抱いた時、前を歩いていたグレンが突然立ち止まった。


「グレン、どうしたの?」

「刻が連れて行った子供だ」


 そう言ってグレンがジッと見つめる視線の先に目をやると、子供が一人膝を抱くように座り込み、顔を伏せている。


 赤みがかった髪に黄色いワンピース。顔は見えないが、あの姿は間違いなくルビーだった。三人と一匹は互いに目を合わせると、山道を少し外れた場所に座り込むルビーに近付いて行った。


 ガサガサと雑草を踏んでいく足音にルビーが顔を上げる。日野達を見ると、驚いた様子で目を見開いた。


「あんた達……」

「お前、刻について行ったんじゃないのか? なんでこんな所にいるんだ」

「大丈夫? 何かあったの?」


 近付いてきた日野とグレンがそう問いかけると、ルビーの表情が曇る。ムッと拗ねたように二人から視線を外すと、ルビーは地面に生えた雑草を見つめながらボソリと呟いた。


「ここにいろって言われた」

「どういうことだ、何があった?」

「……熊が出たんだ。凄く大きい。ローズマリーがびっくりして走り出しちゃって……熊がローズマリーを追いかけて行って、それを刻が追いかけた。その時、ここにいろって言われた……それからずっと待ってる」


 どうやら一緒にいた情報屋の女はローズマリーというらしい。そして、刻はまだ帰ってきていない。ムッとしたまま起こった出来事を話すルビーは、どこか諦めたような、悲しい顔をしていた。すると、暫く黙っていたハルが口を開く。


「ルビーちゃん……え?」


 呼びかけられた声に反応し、ルビーがバッと勢いよくハルの方を向いた。突然視線を向けられたハルは少し驚いたようにピクリと肩を揺らす。すると、わなわなと震えながらルビーが突然大きな声を上げた。


「ちゃん……ちゃんってなんだ!? 緑色!」

「え? 女の子でしょ? ルビーちゃんじゃ駄目なの?」

「駄目じゃない!」

「……そ、そっか。あ、そうそう。ボクは緑色じゃなくてハロルドだよ。こっちのネズミはアル。ボクのことはハルって呼んでね、ルビーちゃん」


 そう言ってハルがルビーへと近付いて行き、ニッコリと微笑みながら手を差し出した。しかし、ルビーはその手をジッと見つめているだけで取ろうとしない。


 そんなルビーの様子と困ったように首を傾げるハルの後ろ姿に、日野とグレンが目を合わせて小さく笑っていた。

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