第63話 スイーツショップ
数時間後、朝を迎えた湖の街に明るい光が差し込んだ。少しだけ涼しくなってきた朝の風が、人気の少ない地上をそよそよと通り過ぎる。
そんな静かな街の下、湖の中では、複数の飲食店が既に営業を開始していて、日野達は早々に街を出るため手早く食事を済ませようと、気になっていたスイーツショップを訪れていた。すると、ガヤガヤと賑わう店内のテーブルで、不満げにメニューを睨むグレンが口を開く。
「なんで朝からケーキなんだよ」
「グレンに教えてもらってからちょっと気になってたし、すぐに街を出るなら今しか行けないと思って……普通の食事もあるみたいだよ、ほら、パスタとかハンバーグとか」
そう言って日野はスイーツ以外の食事が書かれた箇所を指差すが、どれもこれも可愛らしい見た目のものばかりで、それを見つめるグレンの目付きがいつも以上に鋭くなっていることに苦笑する。
元いた世界にあったような、もっと小さなお菓子屋さんやスイーツのバイキングのようなものを想像していたが、この世界の今いるスイーツショップは広々とした店内にハート柄のクロスがかけられたテーブルがいくつも並び、メニューから選ぶオーダー形式の店だった。
男の人にはやっぱり恥ずかしかったかな、と思いながらチラリとハルの方を見やると、ハルとアルは顎に手を当てて何やら真剣な顔でメニューを見つめている。食べたい物が決まったのか、うんうんと頷くと、ハルはメニューをテーブルに置いた。
「ハートのハンバーグに苺のタルト、あとアルは普通の苺がいいな。うん、決まり」
「あ、じゃあ私はトマトソースパスタとショートケーキ。グレンは?」
「ハンバーグ。みんな決まったなら呼ぶぞ」
そう言ってグレンは近くにいた店員を呼ぶと、サッと注文を済ませる。そんな姿さえも良く見えて、恋とは意外なタイミングでやってくるんだなと嬉しく思う気持ちを抑えるように小さく息を吐きながら、日野は三枚あったメニューをまとめると店員に手渡した。
面倒見が良く、料理も出来て、小さな事にもよく気がついてくれる。いつ見ても目付きだけはだいぶ悪いが……それでも元いた世界にグレンが行けば、きっとモテるんだろうと思うと、何だかモヤモヤした。
お祭りの時に、どこへも行くなと、俺の傍に居ろとは言われたが、それはずっと傍にいて良いという事だろうか……仲間として……正式に付き合うなどと言ったわけではないので恋人という訳でもない筈……でも手を繋いだりはしたし少なくとも嫌われてはいない筈だ……今の関係性はよくある"友達以上恋人未満"というやつなのだろうか……私は一体グレンにとってどんな立ち位置になっているのだろうか……というか、そもそもグレンには今は恋人はいないのだろうか。定住せずにずっと旅をしてるって言っていたし、いないってことで良いんだよね……。
「……ちゃん、ショウちゃん!」
「っ!? あ、ごめん。どうかした?」
「どうかしたって、それを聞きたいのはボクの方だよ。パスタ来たよ」
そう言って頬を膨らませたハルの言葉にハッとして日野がテーブルを見ると、既にパスタやハンバーグが並んでいた。いつの間に届いたのだろうか。今は刻を追うことが優先なのに、また色んなことをぐるぐると思い悩む癖が出てしまったと反省しながら、ハルにありがとうとお礼を言うと、日野は届いたパスタを食べ始めた。
「美味しい」
「流石、人気の店だけあってケーキ以外も美味いな」
想像以上の味に日野が目を輝かせる。グレンとハルが食べているハートのハンバーグもたっぷりの肉汁が溢れて美味しそうだ。手早く食事を済ませながらも、しっかりと味わったところで、お目当てだったケーキが届く。
日野にはショートケーキ、ハルには苺のタルト、目の前に届いたスイーツを二人同時に頬張ると、余りに美味しかったのか、二人は頬に手を当てながらうっとりとして溜め息を吐いた。
「美味しい、こんなの食べたの初めて。それにやっぱりケーキは苺のが一番よね」
「幸せだね〜」
「幸せそうでなによりだが、俺達は先を急ぐんだからな。とっとと食っちまえよ」
魂が抜かれたように幸福に満ちた顔をしている二人に、呆れたようにそう言いながらもグレンは二人の様子を楽しそうに眺めていた。
その後もパクパクと口に運び、手早くケーキも食べ終えると、三人と一匹は会計を済ませてホテルの部屋へと戻る。各々改めて旅支度をすると、地上を目指して湖の中の螺旋階段を登っていった。
ホテルの大きな扉を開けると、そこには広々とした湖の水面と、澄んだ青空が広がっている。それぞれの胸にそれぞれの目的を抱きながら、刻と会うために三人と一匹は再び歩き出した。




