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第61話 心配した?

 熱いアスファルトの上を走る車の中で、二人の男女が言い争っている。互いを罵り合うその声が聞こえないようにするためか、黒髪の少女が後部座席の隅で膝を抱えて顔を伏せていた。


 少し開けた窓からビュウビュウと風が出入りしている。すると突然、助手席に座る女が危ないと叫んだ。その声に驚いた男がハンドルを切った瞬間、激しい衝突音と共に少女の体は宙に浮いたように軽くなる。目の前の世界がぐるりと反転し、その小さな体は車のドア部分に勢いよく叩きつけられた。


 騒がしかった車内は時が止まったように静かになり、先程まで言い争っていた男女の声は消えている。代わりに知らない大人たちの慌てた声が聞こえてきた。大丈夫かと声をかけられると、少女の指先がピクリと動く。痛みで体を動かすことは出来ないが、意識はあった。まだ生きているぞと大人が叫ぶ声が遠くに響く。


 しかし、車内に横たわった少女は、その叫ぶ声の向こうから近付いてくるサイレンの音を聴きながら、どうして死なせてくれなかったのかと静かに涙を流していた。




◆◆◆




 日野はハッとして目を覚ます。真っ暗な部屋の中でベッドから体を起こすと、一筋の涙が頬を伝った。また、夢の中に過去の自分が現れた。もう何年も前の話なのに、こんな夢を見る度に涙を流しながら目を覚ましてしまうのは何故なのだろう。頬を拭いながらふと隣を見ると、空いたベッドが一つ。そしてその奥のベッドにはグレンがこちらに背を向けて眠っていた。


「……ハル?」


 ハルとアルがいない? どうして……まさか、二人で刻を追って出て行ってしまったのか? 胸騒ぎがした日野は慌てて部屋を飛び出した。


 柔らかな照明で照らされた廊下に出ると、各部屋の扉がいくつも並んでいる。その奥に、他とは装飾の違う出口であろう扉を見つけて日野は足早にそこへ向かう。ガチャリとその扉を開けると、その先にはライトアップされた湖が広がっていた。


「綺麗……これって、グレンが言ってた湖の中の街?」


 暗い湖の中を七色の柔らかな光に照らされながらヒラヒラと泳ぐ魚や、揺れる水草に、まるで別世界にいるような感覚を起こす。ガラスの壁の向こうの景色に目を奪われながらハルとアルを探すためにくるくると続く螺旋階段を登っていくと、緑色の瞳とパチリと目が合った。


「ショウちゃん……」

「ハル……良かった。私、ハルがどこかに行っちゃったかと思って……」


 階段に座るハルを見上げながら日野がそう言うと、ハルが座っていた階段の端に体を寄せる。探していた姿を見つけたことにホッと息を吐いた日野は、ハルに近付くと隣にそっと腰を下ろした。


「心配した?」

「うん。ハルが一人で刻を追って行ったのかと思った」

「……そうしようと思って一度は地上に出たんだけど、やっぱり戻って来ちゃった。ボクは刻を良く思っていないけど、アルの分まで生きるって決めてるから。それに、この綺麗な湖の中をもう少し眺めていたかったしね」


 ガラスの向こうで踊るように泳ぐ魚達を眺めながらそう言ったハルの目は、今の自分では刻に敵わないことを分かっているというように憂いを帯びて揺れていた。見た目はまだ幼い子供なのに、どこか大人びたその姿を見ていると、ふいにハルが日野の腕へ視線を移した。


「ショウちゃん、注射痛くなかった?」

「え?」


 ハルの視線の先を見ると、自分の腕に絆創膏が貼られている。そう言えば、ハルがいなかった事に動揺してしまって自分のことには気を向けていなかった。あの時、栗色の髪の女が抱えていた青い本を見た瞬間にまた自分を失いかけた。


 グレンに支えられ、ハルが薬を使ってくれていなければ、ハルやアル、グレンを傷付け、目の前に広がるこんなにも美しい水の世界までも壊していたかもしれない……また、助けられてしまった。


 助けられてばかりだと自分の不甲斐なさに気を落としながらも、痛くなかったと言ってハルに精一杯の笑顔を向けると、目の前の緑色をした大きな瞳が真っ直ぐに日野を見つめた。


「すぐに効いたみたいで眠っちゃったから、ショウちゃんが起きるまでは湖の街に留まるってグレンが言ってたよ……ねえ、ショウちゃん。ショウちゃんは、刻のようにはならないよね?」

「……うん。大丈夫、何とかするよ。刻は本を持っていても何ともないみたいだったし、私にも力をコントロールする方法が何かある筈……それを探してみる」

「うん」


 大丈夫。日野のその言葉を聞いたハルは、ふわりと日野へ体を預けた。張り詰めていた気が緩んだのか、ハルはすやすやと寝息を立てて眠ってしまった。


 二年前に両親とアルバートを失ってからずっと、この子の心は刻という殺人鬼に縛られ続けている。私は、この子を悲しませるような事をしてはいけない……。日野はポケットに入っている白いケースを取り出すと、残り三本となった注射器を見つめた。


「力をコントロールする方法は、きっと何かある筈。残りを使い切る前に、何とかしなきゃ」


 自分自身に言い聞かせるように小さな声でそう言うと、日野はパタリとケースを閉じる。その小さな声を、日野達の座る螺旋階段の少し下、ちょうど上からは見えない位置に立っていたグレンが静かに聞いていた。

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